箱入り令嬢、ロミジュリ的展開に期待する

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箱入り令嬢、ロミジュリ的展開に期待する

 高級住宅街の夜は、それに相応しい静謐(せいひつ)さの中にあった。  それぞれの住宅の門灯と、等間隔に配置された街灯が上品に灯るのみである。  その一角に、ひときわ目を引く白亜の豪邸がドドンとそびえ立っている。  セレブな方々が住まう屋敷も怖気づく大豪邸だ。  その豪邸の正面。  二階の広々とした洋風バルコニーに、少女が一人たたずんでいた。  (わたしだって、胸がキュンとするような恋をしてみたいわ!)  先ほどから物思いに(ふけ)るこの少女。  艶やかな黒髪が風になびくと、細い首があらわになる。  童顔で美女とは言い難いが、可愛らしく整った顔立ちだ。    彼女の祖父は財界の鉄人、胡桃沢(くるみざわ)春平(しゅんぺい)。  彼女はつまり、お嬢様である。  なるほど、よくよく見れば楚々とした雰囲気だ。  しかし、茶色がかった大きな瞳だけは勝ち気に光っている。    胡桃沢ヒカリ。  彼女の側には常に護衛がつく。  通うのは名門の女子校だ。  恋愛対象になりそうな異性との交流は皆無である。  17歳というお年頃にもかかわらず、ヒカリは恋をしたことがない。  憧ればかりが募るのだった。  今もわざわざレース生地のロングワンピに着替えて寒風にさらされているのは、「ロミジュリ」的展開に憧れてのことである。  雰囲気を出すため、部屋の灯りは消した。  他の部屋と玄関ポーチの灯りにぼんやり照らされて、ヒロインの気分を味わうヒカリお嬢様である。  (ああ。誰か私を(さら)って……)  恋を知らないお嬢様の妄想は、今宵も膨らんでゆく。  籠の中の自分を奪って行くのは、どんな人だろう。  白馬の王子様は飽きた。  ちょっと危険な香りがする方が良い。  お嬢様の中では、ちょうどそういうのがブームなのだ。  実在した大泥棒をモチーフにした物語や、『小さくなっても頭脳は大人』な探偵が主人公の漫画に登場する『怪盗(なにがし)』に影響されているのは言うまでもない。  (誰かと取り合ってくれたらもっと嬉しいんだけど……。  家にはおじいちゃんと執事の橋倉と、他の使用人しかいないし)  妄想に浸りながら、妙なところで現実が顔を覗かせる。  想像が広がらないのは、世間知らずであるが故か。  ヒカリの両親は、ヒカリが小学校へ上がった頃に不慮の事故で亡くなっている。  遺されたヒカリを可哀想に思った祖父は、ヒカリのことをそれはもう過保護に育てた。  ヒカリは、祖父や使用人たちに常軌を逸するほど甘やかされて17歳になった。  本当に(さら)われたところで、その後待ち受ける苦労など何も分かっちゃいないのである。  と、そこへ。  高級住宅街には似つかわしくない足音が近づく──。
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