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これって出会い?
腹の中が落ち着いてきたところで、カゲは考えた。
この辺りは金持ちの屋敷ばかり。
先ほど獲物を諦めた代わりに、ここらで一仕事して行きたいところだ。
何故か「波」も遠のいている。
ということは、ここに危機は迫っていないということ──。
(いや、待て)
カゲは慎重になる。
こういう屋敷は監視カメラも多いし警備も厳重だ。
計画なしに盗みに入るのは無謀……。
「おいおい、嘘だろ?」
思わず声が漏れる。
注意深く一回りしてみて驚いた。
眼前にそびえる白亜の豪邸……警備システムが解除されている。
警備会社の不手際か?
(どっちにしてもツイてる!)
今は何かにつけてキャッシュレスだ。
手っ取り早く現金を手にしたい泥棒にとっては厳しい時代──。
とはいえ、現金もあるところにはあるものだ。
それに、こういう屋敷なら高く売れそうな宝飾品も一つや二つじゃないだろう。
カゲはほくそ笑んだ。
黒いパーカーのフードを深くかぶり直すと、すぐさま行動に移る……。
♡
(あーあ。今夜も私を奪いに来る人はいないのね)
まだバルコニーで寒風に吹かれていたヒカリお嬢様は、小さくため息をつく。
……と。眼下に広がる庭を、何かが横切ったような気がした。
気のせいか。
いや、違う。
暗い庭に目を凝らしていると、また何かがシュッと動いた。
(もしかして、泥棒さん……!?)
思わずバルコニーの柵に手を掛ける。
本当に自分を拐いに来たのだろうか。
ヒカリの胸は高鳴った。
しかし、この屋敷には無数の警備システムが張り巡らされているはず。
ここに辿り着くまでには、数多の危険を乗り越えなければならない。
正に茨の道だ。
(そこまでして、わたしを……)
胸が熱い。愛しさが込み上げてくる。
ヒカリの目には、うっすらと涙が滲んだ。
(待って! 一度鏡をチェックしなきゃ!)
記念すべき出会いの瞬間だ。
身だしなみを整えておかなくては!
ヒカリは踵を返して暗い部屋に飛び込んだ。
(待っててね、泥棒さん!)
ロココ調のドレッサーのライトをつけて、髪型をサッと整える。
「……よし!」
ヒカリは慌ただしく引き返す。
開けっ放しの大きな両開きの窓から裸足でバルコニーへ飛び出し、柵に走り寄った──。
柵の外側から、男がぬっと姿を表した。
互いの顔がぶつかるかというほど近くに。
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