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泥棒、大失態
(は──!? 何だ、この女!?)
至近距離に、何故か女の顔がある。
家人に見つかった。
カゲ、泥棒人生初の大失態である。
バルコニーに人の気配はなかったはず。
電気の消えている部屋を狙ってきたのに──。
「泥……棒……さん?」
不意に、女がかすれた声を上げた。
目が潤んでいる。
(よく見りゃガキじゃねえか。
恐怖で動けないのか?)
だったら、相手が固まっている隙に少しでも遠くへ逃げるに限る。
カゲは素早く行動に移ろうとした。しかし、その時──。
「はぅっ……!」
再び、強烈な「波」が襲って来た。
(な……! 遅えだろ! 危機を知らせるのが……!)
♡ ︎ ︎
目の前で、愛しい人が身をよじっている。
一体何をしているのだろう。
(も、もしかして!
わたしの、あまりの美しさに悶えているの!?)
ヒカリは、嬉しさと恥ずかしさで熱くなった頬に手を当てる。
待ち焦がれた泥棒は、黒いパーカーに黒の革手袋。
深く被ったフードで目元は見えない。
(とっても悪そうだわ!
危険な香りがする……!)
パーカーのフードからは、スッとシャープな輪郭が見えている。
苦悶に歪む口元が妙に艶かしい。
速くなる鼓動と、胸を締め付けられるような感覚。
(これが……これが、恋なの……!?)
もう、ときめきを止められないヒカリお嬢様である。
(ああ──。早くそのフードを脱いで顔を見せて!)
そして、わたしを連れ去ってほしい。
ヒカリは胸の前で手を組み、潤んだ瞳で泥棒を見つめた。
その時、突然部屋の扉がノックされる。
「お嬢様、いかがなさいました? 物音がしたようですが」
「ヒカリ? 大丈夫か」
執事と祖父だ。
早く──。ヒカリは思わず泥棒の腕にすがりつく。
耳元で微かに聞こえる舌打ちの音。
泥棒が柵を乗り越えてくると同時に、強い力で引き寄せられた。
(ああっ。なんて強引なの!? すごいドラマチック……!)
「失礼します」
執事がドアを開け、電灯のスイッチを押す。
広い部屋がパッと明るくなった。
(……ん?)
首元に違和感を感じるヒカリ。
見間違いでなければ、これは小型ナイフ。
泥棒が、想像とかけ離れたドスのきいた声を上げた。
「おい! こいつが見えねえのか!」
(え──?)
わたしを迎えに来たんじゃないの?
これは、本当にヤバいやつ……?
ヒカリにナイフを突きつけて、泥棒は凄んだ。
「屋敷を汚されたくなければ、トイレ貸しな!!」
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