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泥棒、危機を脱する。なお箱入り令嬢は不機嫌
高級住宅街の中でもひときわ目を引く白亜の城、胡桃沢邸──。
令嬢の部屋から続く洋風の広いバルコニーは、静寂に包まれていた。
令嬢の危機に駆けつけた彼女の祖父と執事も、時が止まったかのように微動だにしない。
シルクのガウン姿の祖父・胡桃沢春平は、財界の鉄人と呼ばれるに相応しく、70を間近にして無駄な贅肉のない堂々たる体格。
対して顔つきは柔和である。海苔のように黒々とした髪がトレードマークだ。
執事の方は、灰色の髪を綺麗に撫でつけた紳士である。
対峙する者たちの間を、一月の冷たい風が吹き過ぎた。
(トイレって……)
ふつふつと怒りが込み上げる。
鮮やかに奪ってくれるんじゃなかったのか。それに……。
(何なんだ、その内股は!!)
ヒカリは、怒りにまかせて泥棒の脛を思い切り蹴り上げた。
♡
(カッコわりぃ──!!)
ラグジュアリー感あふれるレストルーム。
ピカピカに磨き上げられた最新家電のような便座に腰を落とし、頭を抱えるカゲである。
何かのセンサーに反応したのか、小さなスピーカーからヒーリングミュージックが流れ始めた。
落ち着かない。トイレのくせに広すぎるのだ。
(あのガキ、腕を思い切りつかみやがって!
あれがなければ、とっくに逃げてたのに!)
ヤケになって金を脅し取ろうとしたら、「トイレを貸せ」と口走ってしまった。
助かったけど。
(だったら初めから、トイレを借りにきたフツーの人っぽくしとけば良かったあぁぁっ!)
ともかく脱出だ。
カゲは上を向いた。
伸び上がって、天井裏に続く四角い蓋をパカッと開き……静かに閉じる。
先ほどの執事が、無表情に待ち受けていたのである。
(くっそ……万能か)
耳をすますと、レストルームの外にも人声がしている。
「すまんかった、儂が警備システムを切ったばかりに。
あの会社は信用ならんくてのう」
「何で? R警備保障の会長さんとは旧知の仲でしょ?」
「あいつムカつくもん」
「またケンカ、おじいちゃん?」
ジジイ同士のケンカはともかく、外にいるのはガキと年寄りだけ。
なんとか突破できそうだ。
カゲはニヤリと笑うと、レストルームの扉を細く開けた。
突然、首根っこをつかまれた。
いつの間にか執事が戻って来たのである。
(万能か!?)
この細っそりとした初老の紳士のどこに、そんな力が潜んでいるのだろう。
そのまま書庫のような部屋へ引きずられて行った。
不貞腐れて床にあぐらをかくと、目深に被ったフードを剝ぎ取られる。
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