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箱入り令嬢、現実を知るもお嬢様ぶりを発揮
(こんなのを運命の人だと思っていたの……?)
現実に直面するヒカリお嬢様である。
真っ黒なパーカーのフードから現れた顔は──。
歳がいっているようでもあり、意外と若そうでもある。
細面でキリリとした目元は、一般的に見てそう悪くはない。
その眼光の鋭さは、お天道様に顔向けできない「仕事」によって培われたものか。
それはともかく、一見すればヒカリ好みの優男だ。
しかし、あの「内股でトイレを我慢する姿」は脳裏から離れない。
一度地に堕ちたイメージは、二度と回復することはないのだ。
そして、襟足のあたりまで不揃いに伸びた茶色がかった髪。
清潔感がないのも大幅にポイント減である。
「通称カゲ。少々名の通ったコソドロですな」
二階の書庫。
執事・橋倉が落ち着いた声を発する。
ヒカリは、祖父の胡桃沢春平とともに無言で彼を見下ろした。
「何で知ってる? 万能か」
カゲの問いに反応する者はない。
これくらいは、万能執事・橋倉が取り仕切る胡桃沢家では普通のことである。
ヒカリは、カゲに対する興味が急激に失せた。
「……くしゅっ」
書庫の埃っぽさのせいか、鼻がムズつく。
「お、お嬢様がくしゃみをされたぞ!」
橋倉が青い顔で叫ぶと、メイドがカシミヤのストールを持って走って来た。
春平が大事そうにヒカリの肩を抱く。
「大変だ。ヒカリ、明日は学校を休みなさい」
「んー、そうね」
ヒカリはちょっと鼻を啜ると、ストールをかき合わせた。
♡
ガキ一人に大人が群がっている。
カゲは呆気に取られた。
(まあいいや、今のうちに逃げ……)
橋倉に首根っこをつかまれる。
気づかれてた。万能か。
結局、さっきと同じ場所に座らされる。
そこへ、料理人ぽい服装の太った男が駆けつけた。
橋倉が指示を出す。
「料理長! お嬢様が風邪を引かれた! 玉子酒を」
「なんと! すぐにご用意いたします!」
「んー、ココアがいいわ」
「それがいいでしょう! ココアだ!」
「はっ! ただ今!」
カゲは逃げるのも忘れてポカンとした。
なんだろう、こいつらは──。
ヒカリが何かを思い出したように「あッ」と頬を押さえる。
「学校に本を置いてきちゃったわ……残念」
「なんと! 可哀想に、我が孫よ」
ジジイが涙ぐんだ。
(……茶番か)
いい加減、気持ちが悪くなってくる。
カゲは、ボリボリと首筋を掻いた。
「あッ!
諦めなくてもいいじゃない、あの本!」
ヒカリがポンと手を打って振り向いた。
彼女の動きに合わせて、大人たちは右往左往している。
「ねえ、泥棒さん。
取ってきてちょうだい。わたしの本」
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