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読み終えて本を閉じると、なぜか朝日が昇っていた。
「……へ?」
慌てて、窓際に向かう。
そんなはずはない。だって、休憩を取ったのは午後三時だぞ。いくら集中してたからって、こんな時間まで読めるはずもないし、そんなに長い内容でもなかった。
しかし、窓から指すその光は、何度も見てきたこのこの部屋に差し込む朝日だ。しかし、いくら力を入れても窓は開かなかった。もっとよく確認したかったのに。
「おはようございます」
透き通る、女性の声だった。もはや、僕はパニックに陥っている。だってこの部屋に女性なんかいるはずがないのだ。一度も、招いたことなんてないんだから。そうして、僕は一つ仮説を考えていた。
夜になんだかんだあって、酒を飲み。女性を部屋に連れ込んだ。酒のせいで記憶が抜けている。
なんだかんだってなんだよ。そもそも、酒を記憶がなくなるほど飲んだことないし、酔っても女性を部屋に連れ込める度胸なんか僕にはないはずだし。
それでも、そうとしか考えられず。嫌な汗が背中を痒くさせる。
ゆっくりと振り向いてその姿を確認した瞬間。そんな嫌な感覚は一気に消えていった。
「あっ、あぁ。なんだ……おはよう」
そうして、僕は過程を飛ばして彼女を受け入れた。
黒髪ロングで白シャツにロングスカート。文学少女という言葉がぴったり過ぎて、思わず笑いっちゃいそうな若い女性。
初めて会うのに、ずっとそばにいたような。そんな安心感が彼女にはある。
「コーヒーを淹れています。バイトは正月明けまでお休みなんでしょ? ご両親が来られるのは明日ですし、今日はゆっくり休日を満喫してくださいね」
「うん、そうだね。年が明ける前に読んでおきたい本があったんだ。来年映画化するから予習をしておきたくて。今日はゆっくりそれを読もうかな」
「ふふっ、それは、それは。いいですねぇ」
別に彼女と何かをするわけじゃないのに、その子は自分の事のように喜んでいる。
ソファに戻り深く座り込む。気づけば、隣のテーブルの上は綺麗に片付かれていて、その上においしそうに湯気が立つコーヒーがマグカップに入っている。しかも、ちゃんとコーヒーフレッシュも入れられているじゃないか。消費が賞味期限に追いつかずに、ゴミもかさばるからすぐに購入をやめたはずなのに。
「こちらですか?」
彼女は僕が言っていた小説を本棚からとって渡してくれた。本を開いたとたん、スーッと文字が頭に入り込んでくる。こんなさわやかな気持ちで本が読めるのはどれくらいぶりだろうか。
「……そういえば、君。名前は?」
登場人物一覧を見ていると、彼女の名前を知らないことに気づいた。名前も知らないのに、僕は彼女を受け入れている。
「203号です」
「え、ロボット?」
どこか知った番号のような。まぁ、こんなに身近に感じる彼女だ。赤の他人というわけではないだろう。
そんな事を思いつつも、すぐに小説の内容に入り込んでいく。
僕はいつも、小説を読むときは何かに追われているときが多い。次の日が朝からバイトの二十三時。講義課題に追われている合間。部屋を掃除すると決めたが結局何もしないでいる休日の午後四時。好きであるはずの小説を現実逃避の一種に使ってしまっていた。
だからこそ、一番いい瞬間に読む手が止まる。一番楽しんでいるときにふと、「これ以上進むと、時間が溶けるぞ」と警告を感じる。そうして本を閉じて慌て始めるのが常だ。
今日はそんなこともなく、しっかりと最後まで読んで本を閉じる。それなのに、やっと午後になったくらいだった。まだまだ時間がある……。
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