理想的な一日

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 203号は、昼食を作ってくれた。皿に乗ったミートスパゲッティを見ても皿洗いを心配する気持ちが()いてこない。それもそうだ、洗うのは彼女の仕事なんだから。  最近は、コンビニのパンやサンドイッチみたいな簡単なものばかりだ。そもそも、バイトが朝にあって帰るのが昼の十四時ぐらいだから料理をする気も起きない。まぁ、何もない休日でも、料理をすることは無くなったんだけど。  スパゲッティを食べ終えて、ソファに戻る。座ってふと思う。あれ? 何をすればいいんだっけ?  いつも、こんな時何をしているのか。いや、そもそも僕の毎日にこんな余裕のある空白の時間なんてないんだ。実際はたくさん散らばっている。しかし、僕自身に『やらなければいけないこと』という汚れが溜まっているのだ。それから逃げることに必死でスマホのゲームをしたりSNSのタイムラインを眺めたりしてつぶす。  ていうか。スマホどこ? 「どうでしょうか? 散歩にでも出てみてはどうでしょうか?」  203号が皿を洗いながらそう提案してきた。まぁ、家に居てもどうしようもないし、外にでてみてもいいかもしれない。  クローゼットを開けると、その整頓(せいとん)された中身に驚いた。最初は洗濯物を(たた)んで決めた場所に収納していたのに、今は適当に畳んで適当に押し込む、最悪干したまま放置して着るときにそこから取る時もあるぐらいだ。  あるべき場所に収まった衣類を取り出して着替える。脱いだものを、何も入っていない洗濯籠に入れて、玄関に向かう。皿を洗い終えた203号は「いってらっしゃいませ」と僕を見送った。  そうだよな。皿なんて三分もかからず洗い終えれるもんな。  ドアを開けて新鮮(しんせん)な空気の充満する外に出た。  普段通らない道を行き、隠れ家的な喫茶店を見つけて入ってみる。おいしいコーヒーを飲みながら、ブックカバーを付けた本を読む。こういう外で読むときは文庫本と決めている。そして、サクッと読める短編集を好んで選んでいる。  会計の際にふと、店内に飾られている街の風景を撮った写真に目がいった。マスターに、どこの風景か聞いたら、苦笑いで首を傾げた。 「市販のものでして、この店の雰囲気に合ってると思い買ったんですよ。でも、フランスっぽいですよね。パリとかですかね?」 「どうでしょ? あれの一回り小さいサイズをウチに飾ってるんですよ。それ見るたびにどこのだろーって思ってて」  そう言うと、マスターは大げさに笑った。お釣りを渡してくるときに「またおいで」と言って、手を包むように小銭を渡してきた。  そうして、バスに乗って近くのモールまで行き、書店で本を見て回った。雑貨屋で部屋に飾る丁度よさそうなものを探した。面白いものが多いけど、ウチには似合わなそうなものばかりだ。  でも、この雑貨がしっくりくる部屋が世の中にはいくつもあるのだろう。それぞれの部屋に色があって、性格がある。  自分の部屋の性格とはと考えたとき、203号の姿が思い浮かんだ。あまり待たせるのも悪いし、そろそろ帰った方がいいかもしれない。
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