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黙ったまま私服に着替え、まとめておいた荷物に脱いだ部屋着を突っ込む。
「私、二泊三日で友達の家に泊まるから。それまでに自分の荷物全部まとめて出て行って」
じゃあ、と玄関へ向かうと慌てて追いかけてきた。
「ちょ、急に何言って……おい!」
「痛い!」
大きな声に、彼は怯んだ。そうだよね、今までこんなにきつく何かを言ったことないもんね。ぐいっと力強く引かれた右腕はすぐ解放され「ごめん」と呟いた彼の声はころころ玄関に転がっていった。
「そう感情的になるなって。ちゃんと話そう、な?」
心臓の周りがぷちぷちと水滴に覆われる感覚。感情的? 誰が? 集まってきた水滴が徐々に上にあがってくる。
「……私だって話したかったよ」
だめ、喉からでちゃ。抑える、このまま言いたい放題したら彼の言うとおり本当に感情的な女になってしまう。
「話したかった? 話そうともしないで出て行こうとしてんだろ」
あああ、だめだめ。息を吸う。ふうっと吐いて、そうそう。
「三年間、ありがとう。楽しい日もあったけどもう限界なの」
「はっ、だから無視すんな。自分のことばっか言ってんじゃねえよ」
馬鹿にしたような笑い、なんとか上に立とうとしている必死さ。なんだ、私、落ち着いて彼を見ることが出来てるじゃない。
「鍵は郵便受けに入れといて。何かあったらメッセージで。名義は元々私だし、細かいことはやっておくから」
おい、とか、待てよ、とか聞こえてくるかなと思ったけど彼は黙ってしまった。あれ、根性ないな。でも振り返るのも癪だしな。
静かに目を閉じて、開く。玄関のドアに手をかけて、私は出て行く。喉から出そうだった水滴たちは瞳までのし上がってきてぽろぽろ溢れた。熱いような冷たいような、不思議な水滴だった。
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