彼の足あとどこまで続く

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 ベッドが広い。  今日に限ったことではないけれど、大の字に眠れることが普段とは違う意味合いをもつのは仕方ない。  日に当てたばかりのシーツはどことなく爽やかであたたかいし、一緒に干した掛け布団もふんわりしている。洗剤も柔軟剤も新しいもの。よく落ちるはずがこびりついたモノはなかなか難しいみたいで、枕カバーは洗っても染みが落ちなかったから茶色に買いかえた。シーツも掛け布団も生成り色だから合わないけど、まあ追々揃えれば良しとしよう。  短くなった髪をひと束ずつ引っ張って鼻の前にクロスする。  ぎりぎりだ。口をちゅーちゅーたこさんにしてクンと嗅げば、甘ったるさのないすっきりとしたシトラスを纏っている。先ほど入ったシャワールームには今までとは違う香りが充満しているのだ。  これで完璧。目に付くもの、香るもの、可能な限りすべて取り替えた。さすがに家電を買いかえたり引っ越しはできないけど。二日目でこれくらい出来ていれば上等だと自分を褒めたい。ひんやりと、冷たい空気が左頬を撫でる。寝転んだベッドの左側は十センチ空いてベランダの窓。壁際に寄せるかベランダ側に寄せるかで揉めたっけ。いやいや、やめて。ぎゅっと目をつぶって首を振る。ふうっと息を吐き、ゆっくり瞼をひらく。視線の先、指先でそっとめくった遮光カーテンの隙間からは高くのぼった月が見えた。いま、いったい何時なのだろう。ごろん、と寝返りうつと薄暗いリビングが―― 「……あ」  しまった、と思った。自分で迎え入れた月明かりに照らされて、床には足あとがいくつも浮かび上がっている。モノばかりにとらわれて、こちらを拭き上げるのを忘れていた。
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