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祈る少女
「Os ydych chi'n teimlo'n rhy drist, gwenwch」
大切な人が聴かせてくれた歌。
「Gofynnwch am help pan fyddwch chi'n unig」
今はどんな意味か忘れてしまった。
「Gadewch i ni ddilyn golau'r lleuad gyda'n gilydd」
乾いた風が頬を撫でる。焼け焦げた村。真っ黒な煙。
真っ赤になった空の一部が堕ちてきた後の惨劇。
ただただ立ち尽くして目の前の男を見る。
「Brenhines y Lleuad、Efallai fy mod i'n casau fy hun」
紫と橙が混ざり合ったような空の下で、闇で染めたような髪の男が微笑む。
ゆるく波打つ耳辺りで切りそろえられた髪が揺れている。
金色に輝く獣の目を細めて、男は儚げに笑う。美しい彼の、死人みたいに白い肌が登り始めた陽の光に溶けていきそう。
「絶対に、君の元まで戻ってくると誓おう」
懐かしいけれど聴き取れない言葉で、歌うように話す、美しいその人は、私にとってとても大切な人だった気がする。
覚えているのはこの言葉だけ。
頭の中に靄がかかっているみたいで、彼のことも言っていたこともよく思い出せない。
「宵闇の香りが、君を守ってくれるから」
耳元で、歌が柔らかい声で紡がれる。その声の甘さに頭の中身がぐずぐずに溶けてしまいそうだった。
寂しくて、たくさん泣いたのを覚えている。
優しい薔薇の香りがして、それから瞼が重くなって、私は寝てしまった。
次に目を開いたときに覚えていたのは、誰かの歌と、故郷を失ったことだけ。
手首に刻まれた、宵闇色に染められた薔薇の花弁の絵は、洗っても擦っても落ちない。
「君にその印を付けたのは、神の敵だろう」
そう教えてくれたのは、教会の人だった。
神罰が下った里に行けと太陽神様から啓示を受けたらしい。
彼は倒れている私を助けてくれて、伯父が住む村まで送り届けてくれた。
「サヘーラ!みっともないから早くそれを隠しなさい」
伯母に言われて、私はいつも通り手首に細長い布を巻いて刻印を隠す。
里を太陽神様に焼かれて、一人生き残った私を引き取ってくれたのが彼女の夫であり、私の父の兄にあたる伯父さんだった。
太陽神様に愛された子は金色の髪と、晴れた日の空みたいな瞳をしている。
でも、私の髪も瞳も雪の降る日の空みたいな、醜い灰色だ。
こんな見た目の私でも、子供がいなかった二人は可愛がろうとしてくれた。でも、私の手首に神の敵によって刻まれた印があるとわかってから、二人の態度は変わった。
私が神に赦されたから生き残ったんじゃ無くて、神が殺しそびれた者だったから。
固いパンと豆を煮たスープの上澄みを啜って、私は家を出される。
太陽神様を祀る教会で祈るためだ。
伯母夫婦は「毎日祈りを捧げていれば、太陽神様がきっと赦してくださるわ」と言っていた。
怖いから嫌だというと、村長さんや伯父が私に太陽神様の代わりに鞭を揮うような折檻をした。
神の敵に唆されていた私は、そのお陰で考えを改めることが出来た。太陽神様の罰はこれよりも厳しいものらしい。それなら殴られるよりは、教会に通った方がマシだもの。
だから、私はこの村に来てからの数年間、ずっと朝から晩まで教会で過ごしている。
祈りを捧げ、それを終えたら教会の掃除をしたり、太陽の実の小枝で輪飾りを作ったり、蝋燭を作るために蜜蝋を煮たりするのだ。
教会についた私は、見慣れた白木の扉を開いた。
中には誰も居ない。円形に近い室内の中で一つだけ奥まった空間が祈りの場だ。
この教会は、上から見ると太陽の実に見えるらしい。
神の敵に救われた子だから、私と皆関わりたがらないのは知っている。
伯父さんたちからも一度だけ「村の皆がお前と関わりたがらないのは仕方ないことだ。あなたの慈悲深さが太陽神様にも届くだろう」と言われた。何か言い返せばまた折檻をされてしまう気がしたので、
もう気にしないようにしている。
食べ物をもらえて、雨風をしのげている。それに、教会に通ってさえいれば石を投げられることや、殴られたりするわけではない。
太陽神様が加護をくださっているお陰で、私は死ななくて済んでいるのだ。今生きているのは太陽神様のお陰。
溜息を一つだけ吐いて、祈りの場で私は跪いた。
曲げた太陽の実の枝で作られた輪飾りの前に立つ。その中心に吊されている蝋燭に火を灯して、額を冷たい石の床に着ける。
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