一歩手前

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……ずっとね、こうやって呼びたかった。 ちゃん、でも くん、でも 呼び捨てでもなく さん、を選んだのは いつだって全力で、真っ直ぐで その明るさで 側にいる人も巻き込んで笑顔にしちゃう そんな人に私は初めて出逢って 恋心と尊敬の気持ちを持ったから。 少し歳上のあなたに、敬愛の心を込めて……。 『圭一郎さん』って いつか呼べるようになりたいって思ってた。 やっと "松下さん"じゃなくて "圭一郎さん"って呼べた。 「……めっちゃ嬉しい」 圭一郎さんのそんな言葉の後 どちらからともなく顔を寄せ、また唇を重ねたら 圭一郎さんの身体の重みが私にかかって 二人でソファに倒れ込んだ。 テレビの画面もまるで合わせたように暗くなり、音も消えて ソファのきしむ音だけが どちらかが少し動く度に小さく鳴る。 圭一郎さんの手が 私のシャツの裾へと伸びた時 閉めてあったリビング続きの和室のふすまが開く音がして その音に、二人で目を合わせ 条件反射のように、一瞬で身体を起こし わざとらしくソファに座ってた演技。 和室から、目をこすりながら出て来た和輝くんに 二人で目を向け 「ど……どうしたん?トイレか?」 なんでもない、って演技が妙にぎこちない圭一郎さんにちょっと笑ってしまう。 「のど乾いた」 トコトコとこちらへと歩いて来た和輝くんはソファに上り、私に抱きつくように足の上に座った。 圭一郎さんは そんな和輝くんに苦笑いしながら 頭にポンと手を乗せた。
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