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「お兄ちゃん、佳織さんとのイチャイチャ電話は終わった? そういうことは、自分の部屋でやってくれないかなぁ。聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃうからさ」
「……お前は自分の部屋に戻ったんじゃなかったのかよ」
スマートフォンをテーブルに置いて1つ息を吐くと、玄関の方から香菜が顔を覗かせていた。さっき2階に上がったとおもっていたのだが、また降りて来たらしい。
そんな妹に嫌味を吐き捨てながら、オレは香菜からの用件を聞き出す。
「で? わざわざ人の電話を盗み聞きするってことは、何かオレに用があったんだろ? 宿題ならさっきも言ったけど手伝わないからな」
「は、違うもん。宿題なんかお兄ちゃんの力を借りなくても、私の手にかかればお茶の子さいさいよ。お兄ちゃん宛にこれが届いていたから、渡しに来たんだよ」
「……オレに?」
香菜が神妙な面持ちをしながら、オレに1枚の封筒を渡す。何のデザインも施されていない小さい白い封筒には、何やら紙切れのようなものが入っていた。
そして、裏面に書かれていた差出人の名前を見て、オレは背筋が凍りつくような気分に襲われる。
「なっ……!?」
「お兄ちゃん……やっぱり、あの人なんだよね? 名前、あたしの勘違いとかじゃないよね?」
「……どうして」
香菜からの問いかけに、オレは耳を傾けることが出来なかった。それくらい、その差出人の名前が衝撃的だったのだ。
それは、オレが嫌でも忘れることの出来ない、オレが決して悪れてはならないというくらいの人物だった。
恐る恐る中身を確認すると、小さな手紙が数枚入っている。それに書かれている文字を、オレは一抹の不安を抱えながら読み進めた。
「っ……!」
「お兄ちゃん……お兄ちゃんは、佳織さんのことが好きなんだよね? どんなことがあっても、佳織さんを見捨ててあの人のところに戻ったりしないよね?」
「……なんで……なんであいつが……」
隣にいた香菜が心配そうに問いかけてきたが、オレはその衝撃に耐えるので精一杯だった。
背中に冷たい汗が流れていくが、それはきっとエアコンのせいではないだろう。さっきから送風にしていたのだから、そこまでこのリビングは冷え切ってはいない。そんな理由は分かりきってきたけれど、どうしてもオレの中では認めたくなかった。
「お兄ちゃん……ダメだよ、あの人のところに戻っちゃ。あの人のところに戻ってもお兄ちゃんは幸せになれないし、佳織さんが可哀そうだよ……」
「…………」
心配そうな表情をしている香菜だったが、オレの頭の中はすでにあいつに支配されてしまっていた。それこそ、さっきまで電話で話していた佳織の姿が霞んでしまいそうになるくらいに。
「あいつが……帰って来るのか?」
振り絞るように出したオレからの問いかけに、答えてくれる人は誰もいなかった。
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