幸せとは何か。(十二)

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幸せとは何か。(十二)

「幸せってなんだと思う?」  本を閉じてすぐ、彼は言った。  顔を上げた私を見て、彼はもう一度言う。 「これを読んでみて、君が思う幸せは何?」  すぐには答えられず、一度本に目を落とした。  青い鳥が羽ばたく下でチルチルとミチルの兄妹が手を繋いでいる。  彼らが思う幸せは、少し壮大だった。 「私にはまだ、幸せが何かなんてわからない。だけど……」 「だけど?」 「少なくとも今、ここでこの本を読めたことは幸せだったわ」  素直な感想だった。  たぶん、この青い鳥を一人で黙々と読んでいたら違っていただろう。  なんなら読んだ本、と言うだけで、考えることもしなかったはずだ。  ふと先生の言葉が頭を過った。 『――――よく考えて、答えを出してね』  先生はこの出会いを、知っていたのだろうか。  隣で話を聞いていた彼は、私の言葉にふっと笑う。 「それはよかったよ」  心底嬉しそうな声だった。私も同じように、笑い返す。  気づけば太陽が傾いて、影が伸びていた。 「あ、そろそろ帰らないと」  彼も、目の前に輝く夕陽に目をやる。 「……僕も帰らないとな」  かき消されそうなくらい小さな声で、思わず「え?」と聞き返す。  だが、彼は曖昧に笑って、本をバッグにしまいこんだ。 「一緒に時間を過ごせて楽しかったよ。ありがとう……小春ちゃん」 「え、あ」  ほんの一瞬の瞬きの内に、彼は消えた。  私の隣はただ、ぽっかりと空間ができて、本も、彼も、彼の持っていたバッグもなくなっていた。 「何が起きたの……?」  さっきまで会話していたその人が、今の一瞬で一体……。  ――まさか、幽霊じゃないよね?  そんな疑問が浮かび、ちょっとだけ腕をさすった。 「……とにかく、私も帰らないと」  下ろしていたリュックを肩にかけ、立ち上がってスカートを軽く叩く。  だが無意識にみた、ベンチに一つだけ、残っていたものがあった。 「青い、羽?」  しおりにでもしていたのだろうか。すっかり潰れた青い羽が一枚。彼の座っていた場所にあった。  遠くでチチチ、と鳥の鳴く声。 「そういえば彼の名前、聞かなかったわ……」  ぼんやりしながらつぶやいた言葉は、吹いた風に連れられてどこか遠くへ飛び去っていった。
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