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* * *
当時は、まるであたり棒は彼女の形見でもあるかのようで嬉しかったが、年を重ねてからは、もしかしたら彼女は俺との関係をあそこで忘れたかったのだろうかとも思った。俺に渡すことで、もうあの恋は彼女の中で封印されたのかもしれない。俺はずっと、こんな歳になるまでとっておいたのだけれども。
あれから七年だろうか。彼女は就職後に結婚する予定だと噂に聞いた。同じ大学のサークルで出会った先輩の男だという。きっと立派な小悪魔になって、キャンパスライフでも数多くの男を虜にしたのだろう。そんな中で彼女の心をついに射止めたのは一体どんな男なのか、気になるところだが、あれから直接連絡は取っていないし、同窓会には顔を出していないので、詳しいことはあまり知らない。
会ったら、また好きになってしまいそうだったから。
手元のあたり棒を見つめる。
今でもあの、短いながらも濃かった恋は、心に残っている。あれだけたくさん食べたアイスの味ももちろん忘れられない。
あの頃は何でも、まっすぐ体当たりでぶつかっていたな、と思う。振られるかもしれないとかそんなことは考えずに、ただ、好きだから告白する。そういう気持ちだった。
思えば最近そんなストレートな気持ちを忘れていた。面接でこれを言ったらどう見えるかとか、グループディスカッションではどのタイミングでどんなことを発言したら受けが良さそうかとか、そんなことばかり考えて、自分自身の気持ちや自分らしさを、見失いかけていたのかもしれない。大学で新しくできた彼女にも、「ほんとにそう思ってるの?」と怒られることが多くて、結局去年別れてしまって以来、恋愛はご無沙汰している。
就職活動も、相手に自分のアピールをして、気に入ってもらうというのは、恋と同じだ。でも取り繕ってただ付き合うだけで翌日に別れてしまっては、意味がない。付き合うのがゴールではなくて、重要なのはそこから先なのだ。就職もある意味、恋愛みたいなものなのかもしれない。
若いうちはモテるに越したことはないが、たった一人、自分に合う人が見つかればいいのだ。同じように、たった一つ、自分のことを、一緒に働きたいと思ってくれる企業に出会えれば。
そうだ、まっすぐな気持ちだ。飾っていない、俺の言葉で伝えよう。それで落ちるのであれば、その会社は俺には合っていないということだ。今の俺は、見え方ばかり気にしていて、そのことを忘れていた。
(「これからもきっと、誰かが見てくれてる」……か)
俺はこの世界に必要ないのだろうかと、自信をなくしていたけれども、彼女は「さりげない気遣いを見ていた」と言ってくれた。俺が俺自身の姿で面接に臨んでいないから、相手に伝わらないのかもしれない。
もう一度、本当に俺がやりたいことを考えて、その会社で何をしたいのか、考えてみよう。そして、俺の言葉でありのままに伝えてみよう。そうしたら、道が見えてくるだろうか。
(――さて、断捨離だ、断捨離)
頭を切り替えて、あたり棒をゴミ箱に捨てた。
思い出は胸に残っている。だから思い出の品は捨てよう。彼女の幸せを願いながら、そして、あの頃のまっすぐな気持ちを思い出させてくれたことに、感謝しながら。
* 終わり *
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