あたり

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 中学時代、俺には好きな子がいた。隣の席のみさちゃんだ。彼女はぱっちりとした大きな目がかわいらしく、性格も明るく気さくで、男女分け隔てなく付き合い、男子の間でもひそかにファンが多いような女の子だった。俺もそのファンのうちの一人だった。  中学三年生のある夏の日、俺は告白した。当時の俺は今よりも自分の気持ちにまっすぐで、動き出したら止まれないタイプだった。 「好きです! 付き合ってください!」  シンプルにそう伝えた。顔がほてるのは夏の日差しのせいだと思うことにした。  まっすぐに叫んだ俺を見て、彼女はしばらく黙り込んだあと、おもむろに口を開いた。 「……あのさ、通学路の駄菓子屋のアイス、あるじゃん?」 「う? うん」  突然告白とは無関係な話が始まったことに面を食らい動揺しながらも返事をすると、彼女はとんでもない条件を突き出した。 「卒業までにあたりが出たら、付き合ってあげる」  今思えば、中学生だからまだかわいいものの、言っていることが小悪魔だ。もし今の年齢で言われたら、絶対にヤバい女だと思い血の気が引いていたところだろう。でも当時の俺は、そんな小悪魔な彼女の言葉にドキドキしながらまんまと乗せられる単純な中学生男子だった。 「わかった! 絶対にあたり出すから!」    その日から俺の戦いが始まった。その駄菓子屋のアイスは、あたりが出ないことで学校の生徒の間では有名だった。しかも人気商品なので夏は一日一人一個までと制限されていた。毎日欠かさず帰り道に買っているというのに、なかなか当たらない。夏以外はその個数制限がなくなるので複数買うようにしたが、何度か腹を壊したので仕方なく一日一個に戻した。  お店のおじさんには当然不審に思われ、何か罰ゲームでもやらされているのかと声をかけられたので、変に嘘をついても余計に心配をかけるかと思い素直に事情を打ち明けた。青春だな、体を壊さん程度に頑張れよとニヤニヤされて、照れ臭くなったのを覚えている。  最初は毎日、はずれだったとわざわざ彼女に報告していたが、「めんどくさいから当たったら教えて」と言われた。自分の彼氏が決まるかもしれないというのにそんなに適当に構えていていいのだろうかと不思議に思ったものだ。  たまに彼女の方から、「アイスどうなの?」と連絡が来たので、やはり気になるんじゃないかと思いながら、残念な結果を報告していた。  そしてとうとう、卒業前の日までずっとはずれだった。あとは、最終日しかない。  その日は本人も結果が気になったのか、駄菓子屋までついてきた。駄菓子屋のおじさんに向かって、いつもの、と、まるで行きつけのバーのように(当時はバーなんてものはわかっていなかったが)言おうとすると、彼女が俺の横からひょっこり顔を出した。 「私も買ってあげるよ」 「へっ? 買ってあげるって何だよ」 「いいじゃん。おじさーん、これください」  俺の戸惑いも無視して、彼女は大きな声でお店の奥にいたおじさんを呼び、アイスを買った。続いて、慌てて俺もアイスを買う。おじさんはお店に並んでいるアイスを上から順に彼女と俺に渡しながら、彼女に意味深な視線を投げかけ、そのあと俺に笑顔を向けた。これが例の子だろう、とでも言いたいのだろう。俺はおじさんのその言外の言葉には気付かないふりをして「ありがとうございまーす」と言った。  いつもは駄菓子屋を出てすぐアイスの袋を開けて食べ始めるのだが、最後の開封は、公園のベンチで一緒に行うことにした。  緊張しながら袋を開け、大きな口を開けてアイスを頬張る。早くあたりかはずれか知りたい気持ちが焦って、ついつい口の中のアイスがまだ溶けきっていないというのに、次の一口を頬張ってしまう。こんなに寒い日に夢中でアイスを食べる姿は、事情を知らない人にはよほど奇妙に見えるだろう。  そして隣に座る彼女の口元もちらりと盗み見た。リップクリームを塗ったのであろう、少してかてかと濡れた唇がゆっくりとアイスを包み込む。一瞬、今の目的を忘れかけるくらい、隣で見つめているだけで心臓の鼓動ははやくなった。このままアイスを食べていたら口から心臓が飛び出してしまうのではないかとすら思えた。  お互い無言で、アイスのあたりはずれが見えるまでかぶりついた。時間でいえば一分も経っていないはずだが、その一分は俺にはとても長く感じられた。  と、その沈黙は彼女の黄色い声により破られた。   「えーっ! すごい、一発〜!」  見ると彼女の手元の棒には、「あたり」と書かれていた。 「天才じゃない? 神様に好かれてるのかも〜」  彼女は子供のように足をバタバタさせて喜んだ。信じられない、俺が毎日毎日買っても、まったく出なかったあたりが、こんなにあっさりと出るなんて。  ――と、いうことは。つまり? 「……ってことは、付き合ってもらえる?」  斜め下から彼女の顔を覗き込んで聞いた。彼女は驚いた顔をした。 「えっ」 「お前が買わなければ、順番的に、俺がそのあたりのアイスを買ってるはずだっただろ! それに、約束は『あたりが出たら』であって、『誰が引いたら』とは決めてなかった」  付き合いたい一心で、屁理屈ともとれることを言い出す俺であった。今思えば、あたりを出すと息巻いた結果はずれ続きだったくせに必死すぎて、かっこ悪いし恥ずかしい。 「んー、たしかに」  しかしそんな屁理屈にもかかわらず彼女は同意を示すような言い方をした。目線を泳がせ、考え込んでいるようだ。もしかしてもしかすると、いけるのか? と期待した矢先。 「……いいよ」 「えっ?」 「いいよって言ったの」  小さく呟かれた言葉を聞き返すと、二度目ははっきりと言われた。照れているのか、口はきゅっと結ばれている。  そして俺は、自分の食べかけのアイスの棒を握りしめながら、立ち上がって大きく両手の拳を空に突き上げたのだった。
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