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02.事件
「今、この島、何が起こってる?」
心細げな声だった。
その声は僅かに震えていて、触れれば壊れてしまいそうな、そんなシャボン玉の様な儚さを持っていた。しかし、同時に、どこか凛とした雰囲気を纏っていた。
陽は、真剣な表情で晄良を見上げてきた。
だから、晄良も表情を改めて、真剣に答える。
この3日で起きたことを。
*
事件が起きたのは、3日前のお昼頃。
普段ならば、5分後には昼休憩で、解放感に満ちた職員達が、美味しいランチを求めて建物内から溢れだす時間帯。
その日も、そうなる筈だった。
その平穏な日常を破壊したのは、まず、まるで心臓まで壊されそうな、物凄い爆音。
ガラスの割れる乾いた音。
耳をつんざく様な悲鳴。
島の北部にある市役所が爆撃された。
男女数名と、大量のロボットを引き連れてやって来たのは、1人の男性だった。
推定50代で、がっしりした体格だったそうだ。
まだまだ暑いのに、紅いラインの入った黒革のコートを着用。外国人の様な顔立ちと、短く切られた銀髪を持つ男だったという。
彼らの力は、人間の域を遥かに超えていた。
警察署から派遣された特殊部隊は全滅。被害は大きかった。
彼らは爆撃した市役所を本拠地にして、それからはロボットが少しずつ町を破壊していった。
そのロボットは妙だった。
メタリックなボディは、大手企業が製作するロボットよりもスタイリッシュな印象を受けたが、妙なのはそこではない。
陽が昇ってしばらくしてから湧く様に現れ、陽が陰ってくると影の様に消えてゆくのだ。
得体の知れないそのロボットは、島の住民達にこれまでにない程の恐怖を植え付けた。
晄良は、市役所へ特殊部隊を派遣した徳馬警察署の刑事だ。
徳馬警察署は、市役所がロボット達に占拠された翌日に返り討ちに遭った。
何百という命が、一瞬で奪われていった。
壁が崩れて。蛍光灯が割れて。窓ガラスが雑に壊されて。
あちこちから悲鳴が聞こえた。
沢山の人が、撃たれた。
軽傷で済んだのは晄良を含めて十数人だけだった。
その他は、重傷。……または、死亡。
人々は、そのロボットを「化け物」と呼んだ。
「化け物」が、ガシャンガシャンと、廊下に刻む無機質な音。
それは、晄良の耳から離れなかった。
島にある警察署は3箇所。徳馬警察署は爆撃されたため、実質警察署は2箇所だが、そのうち片方は島の西端に位置しており、各市町からの距離が遠いため、事件の対策本部は蓮鴨警察署に置かれた。
晄良達は救助作業をして、その後、残った警察官で、蓮鴨警察署へ行き、会議を行った。容赦なく陽が差している中での会議だった。
胸がもやもやする位暑い筈なのに、晄良は何故だか物凄い寒気を覚えた。体の中心から外側に向かってじわじわとくるような、嫌な寒さだった。生温い汗が首筋を伝ったが、それさえも晄良には冷たく感じた。
震えが止まらなかった。
会議では、「化け物」による被害の防止の観点から、本部での勤務に割り当てられた署員を除く、交番勤務の警官も含めた警察官全員を3、4人で一組の班に分けて、島の各地に配置する事が決まった。
晄良の担当は、駒兎町。
陽が、中学3年生までを過ごし、今も晄良が住んでる町だ。
*
そこまで話して、陽を見ると、彼女は呆然とした顔をしていた。
「嘘でしょ」
陽は、そう呟いた。
展望台の手すりに寄りかかり、地面を見つめていた晄良は、ベンチに座る陽の方に目をやった。
昔は鮮やかな水色に塗装されていたそのベンチは、今では色が剥げ落ち、所々錆びていた。
晄良は口を開きかけたが、なんと言えば良いか分からなくなって、口をつぐむ。
そして、しばらく迷ってから、自動販売機に歩み寄り、投入口に硬貨を何枚か入れた。
不思議そうな顔をする陽を尻目に、晄良はボタンを押す。そして、ゴトンと音を立てて出てきた2本のペットボトルを取り出し、そのうちの片方を陽に投げてよこす。
「おぉっ」と「うわっ」の間の様なよく分からない声を出して、陽はそれをキャッチした。
それから、パッケージを見て笑う。
「緑茶。渋いなぁ」
「好きでしょ、そういうの。ハルは婆さんみたいなもんだし」
そう、冗談を交えて晄良は言う。
陽は笑った。
「その通りなんだけど、何か余計な事言われた気がする」
「ありがとう」と、陽は礼を言った。彼女は礼を忘れない。彼女の祖母の教育もあるのだろうけれど、きっと彼女自身が気を付けて来たのだと思う。母子家庭も昔と比べるとかなり増えたが、世間からはまだ奇異の目で見られる傾向にある。彼女は、自分の無作法を一人親と結び付けられたくなかったのだろう。中学校に上がる頃には、彼女は一般の社会人程度のマナーを身に付けていたと思う。
晄良は笑う。
久しぶりに笑ったような気がした。
「てか、アキ、同業者だったか」
晄良は、目を丸くする。
晄良と陽が、同業者?
つまり、陽も刑事?
凄く驚いたが、何故か凄く納得している自分がいる事に、晄良は内心苦笑する。
「刑事の知本です」
そう言って、陽は警察手帳を開いて見せる。最近は、非番の日の警察手帳の持ち帰りを規定に入れる都道府県も増えている。警察手帳には、引き攣った表情の陽が写っている。
「そりゃ、奇遇だ」と、晄良は言った。
陽は、少し嬉しそうにニヤリとした。
「改めまして、刑事の庭瀬です」
晄良も警察手帳を開いて、陽に見せた。途端、陽が噴き出す。
「アキ、顔、引き攣ってるっ。不自然っ」
「はぁ? シツレーだわー」
「知本刑事、手伝ってくれませんか? この事件の解決」
晄良は、陽にそう尋ねる。
先程会った時から考えていたことだった。
懇願するような声になったことを少し恥ずかしく思いながらも、晄良は真っ直ぐに陽を見る。
陽は、驚いたような、少し困ったような顔をしていた。
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