03.五人の警察官

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03.五人の警察官

 「良いの? 私で」と、(はる)は小さく言った。  晄良(あきら)は笑った。 「頼んでるの、こっちだよ。そう小さくなるな」  陽はヘヘッと笑った。  朝陽の様な、晴れやかな笑みだった。 「喜んで、協力します」  晄良は、陽に手を差し出した。  陽は、一瞬困惑したような顔で差し出された手を見、それから晄良の顔を見てニヤリと笑った。  二人は、夕陽をバックに握手を交わした。 「何か、大人な感じだね」  陽がそう言って、晄良は苦笑する。 「いや、俺達大人でしょうが。一体いくつのつもりなの、ハルは」 「もうすぐ、25」 「立派な大人じゃないかよっ! 阿保か」  陽はケラケラ笑った。  ひとしきり笑ったところで、陽が尋ねてきた。 「アキ達は、今、どこで生活してるの?」 「『カフェ・ヒヨコマメ』。安発さん、ほら、あそこの店長さん、使わせてくれるって言うからさ。もう皆、避難してるから、お店は今、使わないみたい」  「カフェ・ヒヨコマメ」は、晄良達が今いる展望台から、5分位歩いた先にある喫茶店だ。  ログハウスの様な外観の、地上1階と地下1階からなる店である。  店長の安発(アワ)という男性が、1人で切り盛りしている。  オレンジ色のライトが店内を優しく照らす、隠れ家のような空間が、晄良は好きだった。 「そっか、皆、避難してるんだ。ばあちゃん、大丈夫かな」 「もしかして、おばあちゃん家に泊めてもらうつもりだった?」  陽は、その問いかけに頷く。  形の整った眉毛を「八」の字にして、心細げだった。  その表情は、迷子のそれに近かった。 「『カフェ・ヒヨコマメ』、ハルも来る?」  陽は、その提案を予想していなかった様で、ひどく驚いた顔をした。 「良いの!?」  陽は半分叫ぶ様な感じて、そう尋ねてきた。  晄良は、苦笑しながら答える。 「良いよ、全然。男ばっかりで、少々、ムサクルシイかもしれないけど」  「ムサクルシイ? 余裕、ヨユー」  陽はいたずらっぽくそう言って、笑った。  その笑みは、10年前と同じ位、眩しかった。    *  「カフェ・ヒヨコマメ」の前に着いた晄良は、陽のキャリーケースを陽の前に下ろす。  陽の性格はオッサン同然だが、重いキャリーケースを運ばせる訳にはいかない。  陽は、「サンキュ」と笑った。  その時、「カフェ・ヒヨコマメ」の扉が開いて、男が出てきた。  かなり前にヒットしたロックミュージックを口ずさみながら、体で軽くビートを刻んでいた。 「ぉうわぁっ!?」  外には誰もいないと思っていたのか、晄良と陽をその目に認めた男は、ひどく驚いた様だった。  バランスを崩して、しかしギリギリの所で持ち直して、体制をたて直す。 「どうしたの、庭瀬! その子。彼女じゃないのは分かるけど~。」 「おっ、凄い。何で彼女じゃないの、分かったんですか?」  晄良は尋ねる。  男はフフッと笑った。そして、晄良と男を交互に見る陽に話し掛けた。 「ハロー! 分かる? 俺、俺!」 「オレオレ詐欺的なやつですか? それ、警察として大丈夫なんですかね」  晄良がそう言うと、男は「庭瀬って、かなり酷いね」と、怒った様な顔をした。  本当はそこまで怒っていないのが分かる顔だった。 「どこかでお会いしましたっけ?」 と、陽が言う。  晄良は、2人が知り合いでない事を確信する。 「仁科さん」  晄良は、(とが)める様な口調で男の名前を呼ぶ。  仁科は「何だよ」と、とぼけた様に言う。少し不満げな声だった。  陽はまだ、疑問の表情を浮かべていた。 「どうも~、仁科で~す」  ニシナは陽に笑い掛けた。  仁科飛榎(にしなあすか)。  晄良達と共に行動する事になった刑事の1人で、徳馬警察署爆破事件当日に、連続窃盗事件関係で、他の署から偶然徳馬署に来ていた。  180センチはありそうな高身長で、すらりとした体型をしている。  塩顔で、切れ長の目は、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。  しかし、それは口を閉じていればの話であって、口を開けば、凄くお茶目な感じである。30代半ば位であろう、黒が良く似合う男性だ。  身長の低い陽は、仁科を見上げて、「デカッ」っと本音を漏らす。 「あ、知本です。知本、陽。これからお世話になります」 「陽ちゃんね~。宜しく~」  仁科は、軽い口調で、いきなり陽を下の名前で呼ぶ。  その事を仁科に指摘すると、彼は、 「え、だって、変じゃん? 苗字で呼ぶとかさ?」 と、「さも当然」と言わんばかりの顔で言う。  では、何故、晄良の事は苗字呼びなのだろう?  そう訊くと、顔を顰められた。  「ナンパですか?」と訊くと、彼はもっと顔を顰めた。 「背、高いですね。何センチあるんですか?」 と、陽が仁科に尋ねる。 「ん~、180位?」  陽が目を丸くする。 「陽ちゃんは?」 「あ、190です」  「嘘つけ!」と、晄良が口を挟む。  陽と仁科では、身長は頭1つ分以上違う。  勿論、陽の方が低くて、陽が仁科を見上げる形になる。  ほとんど真上を見る感じなので、陽の首はもげそうだ。  再び、「カフェ・ヒヨコマメ」の扉が開いた。 「おぉ⁉ 庭瀬君の彼女~?」  扉からひょっこり顔を出した、割と小柄な男が、ニコニコと言うよりはニヤニヤとした笑顔でそう尋ねてきた。 「違ぇよ!」  仁科がそう言って、男にヘッドロックをかける。 「あ、そうなの?」  ヘッドロックを解かれた男は、少し痛そうに頭を押さえながら、「なんで僕、仁科さんに怒られんの?」と不満を(あらわ)にしながら、残念そうな顔でそう言った。  「彼女じゃないです」と、晄良は苦笑する。 「知本です。お世話になります」  陽がそう言って、頭を下げる。 「おぉ! こんな可愛い子がいたら、ムサクルシイ空間が一気に華やかになりますよ!」  男は嬉しげだ。 「おぃ、ちょい待てよ。何がムサクルシイだよっ! 爽やかじゃん?」  仁科が不満げにそう言う。 「ハルには、別に、ムサクルシイ空間を華やかにする能力なんかありませんよ、チクシさん。ハルの中身、結構オッサンです」  晄良も口を開く。  「何か、ディスられた気がする」と、陽が口を尖らせた。 「あぁ、もう! 話、逸れちゃったじゃないですか! 改めまして、僕、竹志っていいます」  そして、竹志は名刺を陽に差し出した。  陽がそれを受け取って、読む。 「竹志……、総生、ソウセイさんですか?」 「あ、違います。それね、サツキって読むんですよ」 「えっ、すいません」 「いえいえ、全然! すっごい読みにくい名前ですよね。僕も思います」  竹志は、朗らかに言う。動作の一つひとつの最後を微妙に止める、独特の仕草で、彼は手を動かす。「大丈夫です」みたいな意思表示をする時に使う動作だ。  竹志総生(ちくしさつき)。  30代半ばだと思うが、おそらく仁科よりは少しだけ若いだろう。少しだけパーマのかかった、丁度良い長さの髪型が良く似合っている。  男性にしては低めの身長を少し気にしている様だ。  三日月形の目は人懐っこい印象を与えており、ニヤニヤした、でも見ていて嫌な気分にはならない笑顔が、彼の「真顔」である。  どこか清々しく、どこか温かい、表現の難しい独特の声を持つ男性だ。 「おい、、何名刺なんか出しちゃってるんだよっ。格好つけやがって」  仁科が竹志を小突く。 「あの、早速いじるのやめてくれません? サツキなんで、僕」 「おい、庭瀬、こいつの真似すんなよ」 「しませんよ」 「庭瀬君モテないもんね~」  竹志がそう言ってニヤニヤした。 「やっぱりアキはモテないんですか」  陽が、哀れむような声でそう言った。 「えっ、ちょっ……」  晄良の言葉は、竹志の面白がるような声に遮られる。 「うーん、あのねぇ。年齢イコール彼女いない歴だってさっ」  語尾は、「ドゥフフ」みたいな笑い声に変わっていった。 「やっぱ、そうですか。ドンマイ、アキ」 「庭瀬君、可愛い顔してるのに、何でだろね?」 「そーですね、ボーダー・コリーみたいな」  陽も竹志も、たちが悪い。  2人して晄良を煽ってくる。 「何それ」  竹志が訊く。 「犬ですよ」  晄良はぶっきらぼうに言った。 「え、じゃあ、知本さんは何に似てんの?」 「……日本スピッツ」 「え? Spitzs? 俺、露壜樽(ロビンソン)大好きなんだよね」 「え、意外。仁科さんロック好きだと思ってた」 「ロック以外も聴くだろ」 「まぁそうだけど。話逸れましたよ」 「何してんだよ」 「貴方だよっ、仁科さん! 話逸らした張本人!」 「あぁ、えー、うん。話戻すぞ」 「なんて強引な」 「で、庭瀬よ。陽ちゃんと露壜樽の何が似てんの?」 「絶対、露壜樽、違う。あー、何だっけ。露壜樽しか出てこない」 「日本スピッツです」 「そう、それ」 「それも犬?」 「はい」 「どこが似てんの?」 「何でもすぐ食い付くとこ、ですかね」  「うわ、それ仁科さんじゃん」と竹志が笑い、陽は「ぁんだと? やる気か!?」と、晄良に向かって戦闘体制を取る。 「あ、良いの。あんまりおちょくると、泊めないけど」 「すいませんでした。仁科さんと同レベでも良いです。ごめんなさい」 「まぁまぁ、庭瀬、そう言わずにさぁ。てか、どんな犬? ぼーだーうんちゃらと、Spitzsほにゃらら。……あと、俺ディスられてない?」  そう、仁科が言った。 「ボーダー・コリーは、イギリス原産で、犬の中で最も知能が高いと言われています。日本スピッツは、日本原産で、純白の毛を持つ、明朗で活発な犬ですね」  いつの間にか、微笑みをたたえた男が立っていた。 「染谷さん、すぅごい自然に現れましたね!」  竹志がそう言う。 「うわぁ? 誰っ!?」  他よりも1拍遅れて染谷に気が付いた陽が叫ぶ。 「申し遅れました。染谷と申します。知本さんですね。以後、お見知りおきを」  染谷はそう言い、口角がクッと上がった笑顔を見せた。  染谷和祢(そめやたかね)。  仁科と同じ位の年齢だろう。  黒髪パートスタイルが良く似合っていて、何というか、独特の雰囲気を纏っている。  いつもきちんとした格好をしていて、紳士としか言い様のない男性だ。  口角をクッと上げて、歯はあまり出さないのが彼の笑う時の特徴である。  大体何でも知っていて、「歩く国語辞典」という二つ名を持っている、らしい。  竹志からの情報なのであまり信用はできないが。 「染谷さんは何でも知ってますから、置いといて。庭瀬君と知本さん、よくそんな犬種知ってるね!」  竹志が感心した様に言う。 「置いとかれるんですか、僕」  染谷がそう言って、晄良は、それに苦笑する。  そして、口を開く。 「昔、犬を見つけたんですよ、ハルと。ぐったりしてた犬で。柴犬だったんですけど、俺ら、まだそんなのも分からない位子供だったから、図鑑で調べて。ついでに色々他の犬も見てたら、面白くなっちゃって。それがきっかけですね」 「その柴犬、どうなったの?」 と、仁科が訊いてくる。  勿論、彼に悪意はない。  仕方のない事だ。  晄良は言葉を選びながら話す。 「怪我、してたので。動物病院、連れて行きました。親もその時いなかったので、バスタオルでくるんで、走って行って。動物病院の先生は、タダで診てくれて。それから、俺ん家で2年位飼ってました。今は、もう、……その、死んじゃっるんですけど」  陽が顔を悲痛そうに歪める。  周りの空気も、心なしか重くなった様に感じられた。  その空気を断ち切る様に、仁科が口を開く。 「何て名前なの? 柴犬」  明るい声だった。  晄良は微笑む。 「ナツです」  脳裏に、尻尾を振る柴犬の姿が浮かぶ。  「良い名前」と、仁科は言った。  子供を見る父親の様な、そんな温かで、穏やかな顔だった。 「暑いですし、中入りましょう」  晄良は、そう提案した。  5人は、口々に賛成する。 「あ、これ、買ってきたんで中で飲みましょう」  そう言って、晄良はビニール袋を軽く持ち上げる。  中には、展望台の自動販売機で買った飲み物が入っている。 「おぉ!さっすが庭瀬君!気が利くぅ~!モテるよ~」  竹志がそう言う。  晄良は苦笑する。さっきまで、自分は彼に「モテない」と笑われていなかっただろうか。  仁科が扉を開ける。  深緑色の扉は、ログハウスのカフェに良く映えていた。金色のドアノブが美しい。  初めに陽が入り、続いて晄良、その後に染谷と竹志が入ってきた。  仁科が最後に建物内には入り、扉を閉める。  刹那、凄いスピードで、何かが飛んできた。  梟だった。  陽が目を見開くよりも速く、その梟は染谷の肩に着地した。 「すみません、知本さん。驚かせてしまって。こちら、アメリカワシミミズクの、ヴィセンテです。僕の相棒の様なものなので、連れてきてしまいました」  ヴィセンテは、白い羽毛で覆われた体をブルリと震わせてから、利口そうな黄色い目を陽に向けた。  陽は、ビクリとしてから、何を考えたのか、ヴィセンテにお辞儀をする。  すると、ヴィセンテも、少し首を傾げてから、お辞儀をした。  晄良達は、思わず「おぉ~」と拍手をした。ヴィセンテは、賢そうにも、すっとんきょうにも見える表情で、首を曲げる様にして傾げた。  その時、カフェの奥から、声がした。 「ヴィセンテが主を待っておったぞ、和祢」  段々と、声が近づいてくる。  声の主が、現れる。  (よわい)10歳程の、少女が。  陽が、目を見開く。
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