04.少年

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04.少年

「うぉぅ、サラじゃん!」  仁科(にしな)が言う。  「サラ」と呼ばれたその少女は、不満げに眉をひそめた。 「殿(どの)を付けよ、殿を!」 「はいはい、どのどの~」  「まったく」と言わんばかりに、サラは鼻を鳴らす。  サラは、(はる)の方に向き直る。 「サラ・ウェインライトと申す。宜しゅう頼むの。お前、名は何と申す?」 「え、あ、知本と、申しまする。これより、御厄介になりまする」  陽は、驚いて変な声を出してから姿勢を正して自己紹介した。サラにつられたのか、彼女まで武士語で、真顔で頭を下げているのが可笑しかった。  サラはうんうんと頷いた。  少し大袈裟なその動作は、芝居がかって見えた。  サラは、名前の通り外国人らしい見た目の少女だ。  北欧系というのだったか。  真っ白の肌に、水色の目。小さくて、ふっくらとした(くれない)の唇。輝く金髪。  正真正銘の美少女で、青系の色のグラデーションになっている、ふんわりとしたワンピースを着ている。  なのに、武士語。近年、グローバル化が進み、いわゆるハーフやクォーターなど、外国人らしい顔立ちの日本人、もしくは留学生等の日本在住の外国人も珍しくはない。彼らの中には日本語が達者な人も多く、第一言語を日本語にする人もまた、沢山いる。しかし、武士語は聞かない。日本人と日本人の間の子でも、武士語は使わないだろう。少なくとも、使う人がいたとするならば、その人数は極めて少ない。  彼女は非常に稀な、オブラートに包まずに言うならば、変な少女だ。 「まぁ、座って話しましょうよ」  晄良(あきら)は5人(と、ヴィセンテ?)に、そう提案した。  「そうですね」と、染谷(そめや)が同意する。晄良達は、一番近くにあるテーブル席に座った。光沢のある、木製のテーブルと椅子は、優美なデザインで、その高価さを物語っていた。  晄良、陽、サラが同じ列に座り、その向かいに竹志(ちくし)、仁科、染谷が座った。 「まず、何点か質問が」 と、陽が言う。  晄良は、「いいよ」と答える。  そして、ビニール袋の口を広げて、「皆さんもどうぞ」と薦め、自分は先程買ってから持って歩いていたペットボトルを取り出す。  サラは緑茶で、竹志と仁科はブラックコーヒー。意外な事に、染谷は微糖のコーヒーを選んだ。  「それで、質問って?」と、晄良はペットボトルの蓋を開けながら尋ねる。  矢印の方向に回していると、プシュッと気持ちの良い音がして、蓋が外れた。 「えっと、まず。化け物は、今、どんな行動をとってるのか。 私は、島戻ってきてから、まだ一回も見てないです。幸運な事だと思いますけど」  陽もペットボトルの蓋を開ける。 「あぁ、それねえ」  竹志が缶コーヒーのプルタブを開けながら答える。 「あいつら、始め盛大に暴れ回った癖に、今はなっっんにも動きないんですよ。何かボス的な奴が決めてるんじゃないかと思うんですけど、謎ですよね。隣の市にも来てないですし、勿論、この町にも。トロロに守られてるんじゃないかーって言うやつもいるんですけど」  そう笑って、竹志は一旦言葉を切った。  トロロは、スタジオジブリィーによる某有名アニメーション映画のキャラクターだ。 「まぁ、まず例の市役所から出てきてないんですよねー。あ、分かります? 市役所。事件の事、庭瀬君に聞いた?」  「はい」と、陽が答える。  竹志は、晄良に「いただきます」とことわってから、コーヒーを啜る。 「勿論さ、俺らも出来る事はやってるよ? 見回りとかさ。奴らの動きあったら、あっちの警察から無線入るってよ~」  そう言ったのは仁科だ。  晄良も口を開く。 「そういや、もうちょいしたらこの町、避難指示解除されるらしいんだよ。化け物の動きないし、非常食、今使いきったら、後から化け物来たらヤバいからって。言ってることは分かるけどさ。心配だよね。縁起でもないけど、もしこの町まで来たら。避難が遅れたら。……大変な事になる。電話は今、本土と繋がらないし、SNSとかで書き込みも出来ない。そもそも電源入らなくて、端末自体が使えない。きっとやつらの仕業だろうけど、今のこの島は、本土と完全に切り離されてる」 「成る程……。あ、じゃ、化け物について、詳しく教えて下さい。出来るだけ詳しく。推測とかでもいいんで、知っときたいです」  今まで黙っていた染谷が口を開く。  「推測なんですけど」と、前置きしてから話し始める。 「UVインデックスが、関係してるんじゃないかと、思うんです」 「ゆーぶいいんでっくす」  陽が反復する。 「はい。紫外線の強度の事なんですけど」 「お昼位に、いっちばん強くなるって事ですか?」 と、竹志が尋ねる。 「そうです」 「じゃあ、夜に化け物討伐に行けば良いんじゃ……?」  陽がそう訊く。 「そう上手くもいかないんだわ、それが!」  仁科が言った。 「いや~、何かね。昨日の夜、例の市役所、行ってみたんだけど。バリアみたいなので覆われててさぁ。嘘だと思うっしょ? マジなの。大マジ。あれじゃ、夜は無理だわ」 「ええー? なんすか、それ。嫌だー」 「ね~」  仁科と陽は顔をしかめた。  顔のパーツを全部顔の中心に寄せる様なその表情が2人共同じなのが面白かった。 「次、最後の質問なんですけど。何で、この店使うんです? アキの家とかの方が、広いし良いんじゃ?」  これには晄良が答える。 「この店、地下があるから。こっちは銃あるし、目に付くとこには置けない訳じゃん。色々考えると、凄い便利かなと。ま、サラが提案してくれたんだけど」  サラが、フフンと大袈裟に胸を反らす。  陽は、納得した様に頷いた。 「成る程。色々、了解。ありがとございます」  そう言って、陽は白い紙袋をたぐい寄せる。  中から綺麗に包装された箱を取り出した彼女は、丁寧に包みを剥がす。 「何故かそういう所、繊細だよね」  晄良は陽の手つきをそう指摘する。 「えー、何? そーだねー。他はガサツだもんねー」  そう言って、陽は笑いながら箱を開ける。  晄良は苦笑する。  中身は、煎餅だった。  サラが目を輝かせる。  「食べましょう、皆さんも」と、陽が笑った。  醤油の味が舌に染み込んでくる、カリカリの煎餅は、15分で箱から消えた。  外の風は強く吹くも、束の間の幸せな日常だった。
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