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「部屋、なんですけど。僕ら男で地下のスタッフルーム、知本さんとサラ殿でおっきい方の倉庫使う形で良いですか?」
竹志がそう言った。
「サラ殿」と、陽は反復して、笑う。
そして、「別にどこでも大丈夫です」と答える。
竹志の顔に、笑顔が広がる。
「よっっし!じゃあ、僕!畳で寝ます!」
スタッフルームは、入ったすぐの所で靴を脱ぐ様になっていて、一段上がった所がフローリング、奥に1人分の畳が敷かれている。
倉庫は、倉庫ではあるが、塵も埃も見当たらない位に清潔で、薄暗くもない、普通の部屋だ。
予備らしき椅子やソファーが置かれているから倉庫と呼ばれるだけである。
陽も、先程案内してもらったので、店の間取りと部屋は何となく覚えた。
1階の、調理場のすぐ横に階段があり、そこを降りると地下1階。
地下1階は、その3分の2を倉庫やスタッフルームが占めている。
竹志の言葉に、晄良が口を開く。
「俺も畳が良いです」
「何で。庭瀬君は座布団並べて寝なよ」
「嫌ですよ。畳が良いです」
「俺も畳が良い!俺に座布団使わせたら、後のやつ皆、板間で寝る事んなっちゃうぜ~。俺、脚長いから、座布団全部使うかんな」
「同じ位でしょー。僕と仁科さん」
竹志が背伸びをしながら言う。
竹志が背伸びをしても、仁科には届いていなかった。
「今時、短足なんていませんよ」
「えっ、庭瀬君、いるでしょ短足は」
「誰です?」
「課長」
竹志がニヤニヤと言う。
「言いつけますよ?」と笑いながら言うと、竹志は「庭瀬君も言ってましたーって、巻き込んでやる」と言う。
晄良は苦笑する。
「あのー」と、染谷が口を開く。
「僕も畳で」
「うっわ、新たなライバル~。これは腕相撲で勝負だなっ」
「それ、ヒャクパー、仁科さん勝つじゃんっ」
「んなことねぇしっ。俺、か弱いんぞっ」
「説得力、ねー」
「んだとぉ!?」
「や・か・ま・し・わっっ!」
サラが、丸めた新聞紙で竹志、晄良、
仁科、染谷の頭を叩く。
「もう、辺りが暗くなってきておるぞ。そろそろ、晩御飯の支度をせねばならぬ」
晄良達が、渋々といった様子で会話をやめる。
「あれ、水出ない。電気は通ってるよね、照明ついてるし」
そう言うと、晄良は顔をしかめた。
「洗い物、できないね。天然水使うのも、何かなぁ……」
陽は頷いて、冷蔵庫を開ける。
「中の物、使っちゃって良いかな?」
晄良は、「良いらしいよ」と、笑う。
*
「うわぁーーー!」
そう叫んでいるのは、竹志だ。
先程から竹志は、ハイテンションである。
陽達は、「カフェ・ヒヨコマメ」の庭で、火を囲んで座っていた。
「何ですか、さっきから奇声あげて」
陽が苦笑気味に問う。
「そーだよ。気持ち悪ぃ~」
「テンション上がりますよっ。独身でずーーーっと彼女いないんですよ、僕! 独り身じゃあこんなこと出来ないですよぉ」
竹志は両手に持つ竹串を握りしめた。
竹串にはソーセージとキャベツが交互に刺されている。
竹志のそれは、良い具合に炙られ、ソーセージの肉汁がしたっていた。
「大袈裟ですよ」
「でもこれ、すげぇ旨い」
仁科が嬉しそうに言った。
「そういやさぁ、皆、彼氏or彼女いるの?」
「僕はいないです」
と、染谷が言う。
「庭瀬君は、彼女いないし……」
「何で決めつけるんですか!」
「えっ、じゃあいるの?」
「いませんけど」
「ほら! いないじゃん」
竹志は笑う。
「知本さんは?」
「へ?」
突然の質問に、間抜けな声が出てしまった。
「彼氏いるの?」
「いないですねー。年齢イコール彼氏いない歴ってやつです」
陽は淡々と言う。
「別に彼氏は要りませんし」と、付け加えた。
「庭瀬君ドンマイ」
竹志が言う。
「何で俺が失恋した事になってるんですかっ」
晄良が苦笑気味につっこむ。
「だって怪しくない? 幼馴染みだよ? 運命の恋が始まるとか。え、ない? ないかなぁ。もしかして僕、ロマンチストなの?」
「ロマンチストですね、それは」と、晄良が笑う。
「まぁ、でも、気を取り直しまして。独り身組として、皆で頑張っていきましょぅ!」
竹志が竹串を掲げてそう言う。
「まぁてまてまてまて!」
そう、仁科が止める。
「俺、いるよ?か・の・じょ!」
「えー? 怪しっ」
竹志がニヤニヤと言う。
「どこがだよっ。俺、嘘ついてねーよ?」
「あ、二次元?」
「違ぇっつぅーの!」
「じゃあ、最近会ったの、いつよ? あ、夢の中でー、とかはなしですよ? 現実世界オンリーで」
竹志は楽しげだ。
仁科は神妙な顔で指折りをした。
その表情には、何故か見覚えがある様な気がした。
「えーっと。にじゅう、ご!25年前!」
「25年前!? 25日前じゃなくて?」
「うん、25年」
竹志は目を見開いて、それから腹を抱えて笑いだした。
「仁科さん、それ、ないない!フラれてますっ」
「はぁ!? んな訳あるか!」
「ないない!」と、竹志は笑い転げた。
サラは、無言で串焼きにかぶりついていた。念のためリードを付けてあるヴィセンテは、可愛らしい鳴き声を小さく上げて、クイッと首を傾げた。
その時、足音が聞こえた。
微かに、だったが、確かに足音がこちらに近づいて来ているのが分かった。
仁科とサラも気づいた様だった。
陽は、黒のサイドポーチから小型のライトを取り出し、立ち上がる。
「カフェ・ヒヨコマメ」の横の道路には、電灯はあるものの、間隔が広いため暗く、誰が来ているか見るのには役に立たない。
小道に出ると、足音は止まった。
ライトで照らすと、一瞬白く人のシルエットが写し出され、徐々に色彩が付け加えられてゆく。
その人物は、くるりと回れ右をする。
靴がコンクリートと擦れて、砂利を踏んだ時の濁った音がした。
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