かなしみの妖精

1/1
前へ
/101ページ
次へ

かなしみの妖精

 洞窟の奥で、誰かが泣いていた。 「どうしたの? ケガでもしたの?」  泣き声を頼りに進んでいくと、ぼうっと光る少女がいた。  少女は言った。 「わたしはかなしみの妖精だから、泣いているんです。」 「ずっと?」 「はい。」 「辛くない?」 「だから泣いているんです。」 「面白い顔してあげようか。  かなしくてもさ、笑えるときってあるよ。  ウツの友達がそうなんだ。」  かなしみの妖精は言った。 「わたしは『かなしみの』妖精です。わたしがかなしくなくなるということは、わたしが消えるということです。」 「……そうなんだ。人ならよかったね。人ならさ、神様に見放されてる気がするときがあっても、また回復するし。」 「神様は人間を許しておられます。だからチャンスをお与えになった。わたしたち妖精は、神様の書物に名前を記されていません。」  かなしみの妖精は話す間もずっと泣いていた。  かなしみが癒えることは消滅すること……。  僕は洞窟を出た。  しらふでもわかる絶望があることを知って。  さざ波を見て、ふと洞窟をふり返った。 『聖書なんて、しょせん人間を通して書かれた物にすぎないよ。』  そう言いに戻ろうかと思った。  だけど、やめた。  聖書が本当に神からの手紙だとしたら?  かなしくても生きていたいという人はたくさんいる。  かなしみの妖精だって、そうかも知れない。  だけど……。  僕はその場に立ち尽くした。  今も心はその場にいる。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加