鉄のお母様

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/101ページ

鉄のお母様

 ある高校に、立原という1人のモテ男がいた。  アタックする者は多数いたが、みな撃沈する。撃沈した者は口を揃えて言っていた。 「ハードルが高過ぎた。」  ところでその高校には、1人の料理上手がいた。とくに、玉子焼きが得意だった。だし巻きなど目をつぶっていてもできるくらいだと、友人たちに豪語し、実際、弁当をともにする友人らは、 ボリュームたっぷりのシーチキンだし巻き、 香ばしく栄養もバッチリの小麦胚芽玉子焼き、 果てはカラメルソースでいただく甘い香りのプリン風味玉子焼き等々をふるまわれるという恩恵に預かっていた。  そんな彼女に、ある相談が持ちかけられた。 「あのさ……。男は胃袋掴んでナンボっていうじゃない?」 「うん、いうね。」 「なんかさ、立原先輩の気に入りそうな玉子焼き、あったら教えてほしいんだけど。」 「え? いやいや、そこは『気に入りそうな』じゃなくて、リサーチしなきゃ、努力が水の泡になる可能性が大でしょ。」 「事前にバレてたら、プレッシャーに負けちゃうもんー!」 「しかたないなあ。あたしが訊くよ。」  玉子焼き名人は、立原先輩の元に向かい、 「先輩、好きな玉子焼きってあります?」 と尋ねた。  相手はモテ男である。知らない女子からの突然の質問など慣れていた。 「玉子焼きィ? そうだなあ……。ま、味からいけば、甘めでちょっと焦がし気味の、香ばしさがあるやつかな。」 「ありがとうございます!」  玉子焼き名人は、内心でチョロい!と思った。はずむ足取りで去ろうとしたところ、モテ男が呼びとめた。 「あ、ちょっと待って。もしオレに作ってくる気なら、その日の前日に、その日のオレん家のメニュー確認してね。」 「え?」 「うち、親が管理栄養士だから。差し入れ勝手に食ってバランス乱すとうっせえの。できれば、事前に母親に差し入れて、承諾を得てほしい。」  玉子焼き名人こと矢巻はぼうぜんとした。  料理好きを自負しているとはいえ、自分も友人も高校1年生。プロを相手にすることなど、できるだろうか? いや、無理。 「わ、わかりました……」  矢巻は友人の元へ戻り、一言告げた。 「ハードルが高過ぎた。」  撃沈した者たちが口にする言葉、そのままであった。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!