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なぜか衝撃だけが抜けて来て、身体には一切怪我が無いという、不思議な現象を「無弾」事件の後に体験している。
「……やはり現れないか。今日の所は解散する、各自帰宅コースに入ってよし」
世希がレシーバーに声を飛ばすと、近場で待機していた車が走り去っていった。
「透、私たちも撤収するぞ。また明日以降、作戦続行だ」
世希の言葉を受けながら、大和は「いつまでこれ続けるんだろうな」と疑問を浮かべるばかりである。
その後、大和は世希の車でコーポ三郷まで送られ、自室に戻る頃には十八時を回っていた。
夕食は何か残っていただろうかと、冷蔵庫を開けて中を漁るが、入っていたのはパックごとレンジに突っ込んで温めるタイプのご飯が二つのみ。
「げっ……惣菜関係食べきっちまったんだった。今からコンビニまで買いに行くか?」
特別疲れているわけではないが、コーポ三郷から最寄りのコンビニまでは歩いて十分ほどかかる。
往復二十分と考えると、中々に惜しい時間ではあるのだが、
「どうすっかなぁ~……」
買い出しに出かけるべきか悩んでいると、部屋の呼び鈴が鳴った。
こんな時間に自分の元へ来客とは、珍しいこともあるなと思う大和。
「誰だろ、こんな時間に……」
玄関まで歩いて行き、扉を開けると、
「大和くんこんばんは~」
そこには見慣れたコーポ三郷の大家、美咲の姿があった。
彼女は普段通りの恰好にエプロンを着用した姿で、足元を見るとつっかけのサンダルだ。
「美咲さん、どうかしたんですか? 家賃は……払いましたよね?」
記憶を遡って見るが、ちゃんと今月分は納めている。
こちらの言葉に対し、美咲は「うふふ~」と笑いで返し、
「違うわよ~。大和くん帰って来たばかりでしょ~? 夕飯まだなら、これ、作りすぎて余っちゃったからよかったら食べて~」
言いながら、美咲が差し出して来たのは小さな小鍋。
大和は小鍋を受け取り、蓋を開けてみると、
「こ、これは……肉じゃが!」
しかも美咲お手製の、である。出来上がってからさほど時間が経っていないのか、まだ中身は暖かかった。
いわゆるご近所付き合いのおすそ分け、みたいな展開なのだが、相手は未亡人である事を忘れてはならない。
「嫌いだったかしら~?」
「とんでもないッス! 丁度おかず切らしててどうしようか悩んでたところで! 超助かります!」
「なら丁度良かったわ~。お鍋は食べ終わってから返してくれればいいからね~」
美咲は「それじゃあね~」と手を振って帰っていく。
大和は美咲の背中に感謝の念を送り、もう一度肉じゃがの入った鍋の蓋を開ける。
余所のご家庭の味は中々口にできる機会など無く、立ち昇って来る美味そうな香りは、空きっ腹に堪らない。
大和のこの日の夕食は、肉じゃがの美味さに箸が止まらず、パックご飯二つを平らげることになった。
そして、「男を落とす定番メニュー」の一つとしても知られる肉じゃがに、大和も危うく落とされかけたのであった。くれぐれも未亡人に手を出してはならない。
翌日早朝、特捜二課に一報が入った。
内容は銚子の港近郊で、一連の焼死事件と思われる放火があったという。
朝一のブリーフィングは、この事件に関する話から始まった。
大和の視線の先――世希が険しい表情を作って口を開く。
「まだ奴は北東部をうろついているようだな」
世希が報告書を読み上げながら、未だ行方の掴めていない外套男について口に昇らせた。
「このところ、引っ切り無しに行動しているみたいですね」
世希の言葉に吉田が続く。
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