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 寝ついたばかりの竜を起こしたくなかったので、パーキングでメッセージを送った。  ビルの3階まで昇ると、木崎がドアを開けて待ってくれていた。    玄関に入ってドアを閉めるなり「おかえり」というささやきと、長い長いハグに迎えられた。 「本当に解放しちゃったんだ」と胸のなかで言うと、何度もうなずく気配を感じた。  話がある、と呼びつけておきながら、木崎はビールを飲もう、やら、サカナを作る、やら言いだした。 「わたし、車だし」 「泊まればいい。あ……、まあ、俺は、それでもいいってことで……。どうしても帰りたかったら代行、頼もう、ね。だから、飲んじゃお、ね、ね」  聖子も嫌いではないから、そこまで言われると、飲む。  そのあとも、実家の両親は元気だったか、やら、地元の友人に会ったか、やら、初詣は行ったかなどのどうでもいいことを訊くばかりで、なかなか『話』にたどり着かない。もとからどっしりした男とはとても言えないやつが、いつもに増して落ち着きがない。キッチンとダイニングを用もないのに行ったり来たりするという無駄な動きすらあった。  それを見ながら聖子は、たとえば浮気相手を自宅に連れ込んでいるあいだに妻がいきなり帰ってくるなんて場面では夫はこんなふうになるのかもしれないと想像を膨らませた。あるいは逆もまた然り。家で妻と寛いでいる時に愛人から、今から行く、とメールが来たりしたらやっぱりこうなるか。その場合、わたしはどちらになるのだろうと、半ば真剣に考えた。  わたしがここでビールを飲んでいる時に、下着はティーバックが身上というようなおねえさまがやってくる。木崎にとってどちらが本妻でどちらが愛人か。あれだけ「好き」を連打してくれたのだから、感情面ではわたしがいちばんと考えて差しつかえなかろう。だが交際しているという雰囲気ではなかった。どちらかといえば、気が向けば、の関係。もしもきちんと「付き合う」という言葉を交わした女性が木崎にいるのなら、やはりそちらが本妻になるのだろう。ということは、わたしが愛人。いや、木崎の気持ちを軸に考えるとわたしが本妻で、乗り込んできたのがやはり…………
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