2/12
169人が本棚に入れています
本棚に追加
/205ページ
木崎(きざき)。おい、木崎、起きろ」  すぐ横でこちら向きに寝ている男の耳元に低く声をかけて、肩を揺すった。 「……ん……んー……、ヨギちゃあん……」  ウエストにまわしてきた腕をつかんで、しっかりした声を出した。 「木崎、起きろ。子どもだよ。あんたの息子だろ、たぶん。泣いてるよ。パパ、って、泣いてるんだよ」  小さく息を吸い、静止した。ストップモーション。目を大きく開き、聖子を見つめる。  女ったらしの『フーガ』のマスターも、こうやって寝起きの顔を至近距離で眺めてみれば、どうってことのない四十過ぎの枯れかけたおっさんだなと考えた数秒ののち、木崎が、あ、と声にならない声を洩らしたかと思うと、 「リュウ」と叫んでベッドから飛び降りた。  掛け布団の上に乗り出すと、尻もむきだしの全裸の木崎が、リュウと呼ばれた男児の前に膝をついている。 「パパ……、ああー、パパがあ……、ああー、うんち、出たあ……、ああー」  父親が起きてくれて安堵したのか、泣き声が一層高まった。 「ああ、ごめん、リュウ、ごめんな。うん、そうだな、台、ないもんな。ごめん、俺が悪い。うん、トイレいこう、な。トイレできれいにしよう、な。ごめんよ、我慢したんだな。ごめん。ほんっと、ごめん。もう大丈夫だ、大丈夫だから、怒らないから。俺が悪かったんだから、な。リュウは悪くない。ほら、歩けるか、ごめんな」  平謝りの全裸の父親が、排泄物で膨らんだズボンのせいでぎこちなく歩く息子の背中を押す。
/205ページ

最初のコメントを投稿しよう!