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 この子は昨夜、わたしがここへ来る前からあの部屋にいた、と聖子はソファに置いてあった木崎のスウェットの上下を着込みながら考えた。畳んであったということは洗濯済みなのだと信じることにした。  それはつまり、木崎とわたしがあんなことやそんなことをしているあいだも、この子はあそこにいたということになる。熟睡していたのならいいけれど、そうでなかったら一体何をしていたのだ。いやその前に、木崎が店にいた時間はどうしていたんだ。放置か? いやいや、そもそもなんでこの子がここにいるのだ。そして子どもがいるのに、木崎はなんでわたしを誘ったのだ。だいたいこれまでもわたしからここへ押しかけてきたことなどない。木崎の誘いを断ることはあっても、自分から『今夜、どう』なんて言ったことなどない。断じて、ない。ということは、木崎は子どもがいることを忘れていた? 自分の息子が自分の家にいることを失念する父親って、いるか? しかも普段、離れて暮らしている子どもを。バツイチ、子どもアリとは聞いていたが、まだこんなに幼いとは意外だった。木崎はひとつ年下。今年44のはず。本当に木崎の子どもか? それともリュウというこの子は、別れた妻とのあいだにできた子ではなく、どこかの娘っ子に産ませた子? 「ヨギちゃーん、悪いけど、ゴミ袋、持ってきてくれるかなあ」  千々に乱れる思考が中断された。  あいよ、と応えてキッチン部分へ入って、抽出しを開けた。若い頃にフランス料理の修行をしていただけあって、台所まわりはいつもきちんと整頓されている。それ以外は男のひとり暮らしの平均より少しマシな程度だと、聖子は思っている。
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