クルトはその背を押すと決めた

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 その彼女は。ここ最近、目に見えて落ち込むことが増えていた。友人のヘッダが死神様に気に入られてしまい、連れ去られてしまったばかりであるからだろう。彼女からずっと、どうすれば死を回避できるかと相談を受け続けていたらしい。それなのに、結局何もできなかった自分を心底責めているようだった。  死神様に魅入られてしまったら、人間にはどうしようもない。  理性でわかっていても、納得できるかどうかは別問題だろう。 「ヘッダさ。私と同じ夢を持ってたの。宇宙飛行士になりたかったのね。ほら、この惑星の外に何があるのかって、まだわからないことがたくさんあるでしょ?このちっぽけな星を飛び出して、広い宇宙を見て、衛星を見て、もっと世界の仕組みを解き明かしたいって。だから二人して宇宙科学科に進んで一生懸命勉強してたわけ。……そういう夢がさ、こんな簡単に絶たれちゃうってのが、悔しくて悔しくて……」  キャンパス内のベンチ。座って話す自分達の方を、時折通行人がちらちらと見つめてくる。自分達の話している声は、ある程度聞こえていることだろう。死神、というキーワードにみんな敏感だ。言いたいことや思うところがあっても、どこでだれが聞いているかわからないと思えば口も噤んでしまう。  理不尽だ、と。思っている人間は、少なからずいるはずなのに。  皆、死神の天罰が怖くて何もできずにいるのだ。気に入られて連れ去られるよりも、遥かに苦しく恐ろしい死が待っていることを知っているのだから。  そして死神に狙われた人間と呪われた人間には、ある予兆が現れるとも言われている。それは。 「やりたいこと、たくさんあるの。叶えたい夢も。でも、ヘッダがあっさり死んだのを見ていたら、どうすればいいのかわからなくなっちゃった。そういう夢を持つから生きていられるのに……ある日突然その夢が断たれるかもしれないと思うと怖くて仕方ないの。気づいたら、いっつも振り返っちゃう」 「フローラ……」 「ね。クルトもそう、でしょ?」  彼女は恐る恐る後ろを振り返り、小さく息を漏らした。自分達が座るベンチ裏の植込みには、何もない。誰もいない。 「いつ、足跡がつくのか。そう思ったら、怖くてたまらないのよ」
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