クルトはその背を押すと決めた

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 ***  死神に目をつけられた人間に現れる、予兆。それは、自分の後ろに死神の足跡が現れる、というもの。  気に入られて連れて行かれる人間には、青い足跡が。  逆に死神の怒りを買って、罰を受けるであろう人間には、赤い足跡が。  通常その足跡は、本人以外に見えないものとされている。ただ、ごくごく稀に、霊感が強い人間には見えることもあるのだそうだ。クルトもそう。他人についた“足跡”を見ることができる、数少ない人間だった。 「足跡、か」  フローラとは学科が違う。講義の時間が被ることはなく、話や校内デートができる時間はそう多くはない。  彼女が宇宙学の授業に出ている間、クルトは図書室で一人本を読んでいることが多かった。彼女とは違って、クルトはこれから先にやりたいことが何も決まっていない人間だった。ただなんとなく、自分の頭で入れて、かつ実家から通える大学を選んだというだけである。昔から運動も勉強もそれなり以上にできる質だった。だからだろうか、何をやっても強い情熱というものを抱くことができなかったのである。高校時代のフットボールも楽しかったが、正直“それだけ”だった。それで将来食べていけるなんてことも思っていなかった――いつ死神に殺される人生かもわからないというのなら、尚更である。  だからだろうか。夢や目標を持っているフローラのことが眩しくて、彼女の存在に強く魅了されたのは。ああいう子こそ、おばあさんになるまで生き残ってほしいと思ってしまう。いつだれが突然死んでもおかしくない世の中で、老人になるまで生きられる人間なんてほんのひと握りだとはわかっているけれど。 ――あ。  図書室にいても、ただなんとなく文庫本の文字を追っているだけだ。ふと顔を上げた先、どこか沈んだ表情で歩いている一人の男子学生がいた。その後ろに、ぴったりとくっついていくように存在するのは、影のようにこびりついた青い足跡である。 ――彼は、あと三日くらいってところか。……可哀相にな。  赤い足跡も、青い足跡も、本質的には同じだ。  最初は自分から少し離れた場所に出現し、それが徐々に近づいてくるのである。その期間は、おおよそ一週間。一週間後、足跡に追いつかれた時その人物は死ぬ。もちろんいくら逃げても足跡はぴったり後ろにくっついてくるし、どうあがいても消えないので逃げる方法はない。むしろ、足跡に他人が触ったらその人物には“赤い足跡がつく”なんて噂もあるので、見える人間でさえ何もできないのが実情なのだった。  足跡がついた人間は、ただ黙って享受するしかないのである。一週間後に定められた、死の運命を。 ――死神が、俺達のことをどう思っているのか、か。  今日、フローラが言っていた言葉を思い出す。あの時返事はできなかったが、クルトとしては明白な答えを持っていた。  自分に逆らう人間、気に食わない人間は見せしめのように殺す。気に入った人間はあっちの世界に連れていってやっぱり殺す。そんなもの、暴君以外の何者でもない。 ――どうせ、俺達のことなんか。自分の退屈を紛らわせるための、玩具としか思ってないんだろうさ。だからきっと、足跡なんか使って……俺達のことを怯えさせるんだ。
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