クルトはその背を押すと決めた

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 ***  運命は残酷だ、なんて小説ではよく出てくるフレーズであるけれど。クルトは運命という言葉が好きではなかった。それを幸運として捉えて言葉にするならいい。けれど大抵の人間は、諦めの意味で発することを知っている。この世界の、死神に関することならば特にそう。  死神に魅入られたなら、諦めるしかない――それが己の運命だったのだ、と。  ではその運命を受け入れたくない人間は。抗いたい人間は一体どうすればいいというのだ。 「クルト……クルトぉ……!」  クルトの胸に縋りついて、フローラは泣いている。 「どうしよう、わた、私……死にたくないよお……!」  彼女の話を聞いた、僅か一か月後のことである。  フローラの後ろに、青い足跡がついた。特に神様に対して何かをしたわけでもない、いつも通り家族と一緒に水曜日の礼拝をした、それだけだったのに何故。自分は何かいけないことをしてしまったのか。それともそんなに目立つようなことでも言ってしまったのだろうか。フローラは繰り返し繰り返し、クルトに訴えた。クルトはただ、そんなフローラを抱きしめることしかできなかったのである。 「宇宙、見に行く、夢も……何も叶えてないどころかっ……大学も卒業して、ない、のにっ……!」 「うん」 「こんな世界じゃ……夢を持つことも、いけなかったって、ことなの……!?」  人より少し長く生きて、夢をかなえたいと思ったから罰が下ったのだろうか。そう告げる彼女を、クルトはぎゅっと抱きしめた。  自分には、やりたいことなど何もない。まっとうに生きる未来が思い描けたこともない。  でもフローラは。彼女は、違う。 「そんなわけあるか」  彼女の背を抱きしめる手に、強く力を込めた。 「夢を持つのが罪?そんなバカなこと……許してたまるかよ」  その時初めて、クルトにもできたのである。否、とっくにあったことを自覚したのだった。  この人生で、やりたいこと。叶えたい願い。  自分の夢は。彼女の夢が叶うこと。彼女が笑っていてくれることであったのだと。 ――見てろよ、死神。  クルトは彼女の背を抱きしめながら、彼女のやや後方に佇む足跡を、じっと睨みつけたのだった。
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