クルトはその背を押すと決めた

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 *** 「あ、あれ……?」  翌朝。起きてきたフローラが、リビングで声を上げるのを聞いた。既に起きていたクルトは洗面所で顔を洗うと、“どうした?”と何食わぬ顔で声をかける。 「よく寝れた?フローラ、お酒弱かったんだな。一緒に飲んでる間に寝ちゃうから、そのまま布団かけて寝かせておいたんだけど……ベッドまで移動させてあげた方がよかった?ごめんね」 「い、いえ。それはいいの、クルト。そうじゃなくて……!」  彼女はくるくると回りながら、背中側を確認するような仕草を繰り返している。  そして、顔をくしゃり、と歪めて告げるのだ。 「な、なくなってるの……死神の足跡。わ、私……もしかして、助かったの?」  彼女はやはり、何も気づいていない。それでいい、とクルトは思った。  何も知らないまま、気づかないまま、これからも幸せに生きていけばいいのだ。そしていつか、死神の呪いなんてものがあったことさえ忘れてしまえばいいのである。  彼女が夢を叶えるその時、その場所で。隣にクルトがいないとしても。 「良かったじゃん」  クルトは笑う、笑う。 「やっぱり、死神も気づいたんだよ。フローラみたいな奴は、生きて夢を叶えるべきだって!よし、お祝いにしよう。今日は俺がごちそう作るぞ!いいよな?」 「え、ええ。ええ……!本当に、そうなのかな。そうならいいな……!ありがとう、クルト……!」 「どういたしまして」  そう、彼女は気づかなくていい。洗面所を出る時、ちらりとクルトは一瞬だけうしろを振り返った。  少し離れた場所に存在する、真っ赤な足跡。死神の、最後の置き土産。 ――それでいい。  クルトは、夢を見る彼女の背を押すと決めた。  死にたいわけではないけれど、それで十分だ。自分の願いは確かに叶った。少なくとも今はそう信じることができるのだから。 ――この世界で呪われるのは、俺で最後でいい。  幸せになれよ、と心の中で呟いた。  眼を潤ませながらも、幸せそうに笑う彼女の笑顔以上に、貴いものなどないのだから。
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