クルトはその背を押すと決めた

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クルトはその背を押すと決めた

 この世界は、死神様が支配している――その事実を疑う住民は少ないだろう。  ただの神様ではなく、死神様と呼ばれるのには理由がある。自分達の世界の神様は、呪いや祟りを齎し、気に食わない人間には容赦なく罰を与え、気に入った人間は自分の手元に連れ去ってしまうことで有名であるからだ。  死神様の存在を信じず、教義に反する行為を行った者はおぞましい“事故”に遭って焼死んだりバラバラに吹き飛んだりする。  逆に死神様に気に入られた人間は多少の猶予の後、眠るように息を引き取って連れて行かれる。  住人達の多くは、とにかく死神様に嫌われないように、かつ気に入られることもないように目立たぬように、息をひそめて生きるのが常だった。クルトも両親から口が酸っぱくなるほど言われていることである。 『私達は大人になるまで生きられて、結婚ができて、貴方をもうけることができた。これはとても幸運なことなの。……いい?死んでしまった人が不運なのではなくて、生き残ることが幸運なのだと覚えなさい』  人間は、無力だ。  願いの力一つでは到底、死神に太刀打ちすることなどできないのである。死神に呪われた人間も愛された人間も、その力を拒む手段はない。そして裏を返せば、死神の力によってこの世界の死はコントロールされ、人口が増えすぎることも過度な悪人がのさばることもないとされえいるのだった。  この世界は平和だった。  いつも皆が、目に見えない存在に怯え、びくびくと下を向いていることを覗けば。 「時々思うの」  大学生になった頃、クルトには彼女ができた。茶色の長い髪に青い目の、まるでお人形のように可愛らしい少女・フローラである。といっても、二人が出会ったのは高校の時のこと。高校時代はお互いフットボールクラブの選手とマネージャーという間柄で、それぞれ気が合う異性の友達にすぎなかったのだった。正式に恋愛関係になったのは大学になってからなので、この表現は間違っていない。まさかフローラに“ずっと好きでした”なんて大学に入ると同時に告白されるとは思ってもみなかったけれど。  なんでも、クルトと一緒の学校に行きたくて、必死で受験勉強をしていたらしい。合格して入学が決まったら告白するつもりだった、なんてなんといじらしい話であることか。 「死神様って、私達のことどう思ってるのかなって」 「おい、フローラ……」 「わかってる。あんまりこういう話、しない方がいいんだよね。死神様はどこで見ているのかもわからないんだから」
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