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恵意の母が懐疑的な目を向けてきているのを見て、近哉はしまったと思っていた。 恵意の母にとっての娘の陰口を伝えている。 恵意は学校以外の、特に近哉がいないところでの猫かぶりは完璧なのだ。
「意地悪って、例えばどんなこと?」
「・・・さっきも机の下で蹴られていました」
それでももう後戻りはできなかった。
「それ、恵意ちゃん本人に確かめてみてもいい?」
「・・・もちろんです」
承諾するのは躊躇った。 当然だが恵意が素直に認めるとは思えない。 だがここで否定したら逆に怪しまれるため頷かざるを得なかった。
「恵意ちゃーん! ちょっと来てくれるー?」
丁度よく手洗いから出てきたようで、母が呼ぶと恵意は何食わぬ顔でやってきた。
「恵意ちゃん、近哉くんに意地悪をしているって本当?」
「え? それ、誰から聞いたの?」
「今近哉くん本人から聞いたのよ」
恵意は鋭い目付きで近哉のことを睨み指を差した。
「コイツ、嘘つきだから! いつも嘘ばかりついているの! 私だけじゃない、学校でも嫌われているから!」
「はぁ!?」
とっさのことに近哉は狼狽えてしまう。 もちろん学校で嘘つきだと言われていたり嫌われていたりしない。 多分、きっと。
それでも恵意のあまりに堂々とした物言いを、母は完全に鵜呑みにしてしまっているようだ。
「いや、違いますって! 嘘をついているのは恵意の方で」
「ウチの可愛い娘が意地悪だなんて、そんなことをするとは到底思えないのよね」
近所とはいえ普段交流のない相手と自分の子では、どちらを信じるか決まり切っていた。
―――親馬鹿かよ・・・。
それでも恵意の頭を撫でながら言う光景を見て、そう思うことしかできなかった。
「支払い終わりましたよー!」
話していると近哉の母の声によって話は中断された。 その後は話すタイミングを失ってしまい、何とも言えない空気のまま帰ることになる。 前を母親二人が歩いていて後ろから近哉と恵意が付いていく形。
恵意と話すことなんてないため、このまま無言のままだと思っていた。 踏切で立ち止まり、電車が通り過ぎているのを待つ間、恵意が親たちには聞こえない声で尋ねかけてきた。
「ねぇ、どうしてあんなことを言ったの?」
「それはこっちの台詞だ。 どうして恵意こそ嘘をついた?」
「ふんッ」
恵意はそっぽを向いた。
―――何なんだよ・・・。
―――恵意の母さんとも関係が悪くなっちまったし。
―――・・・あとは自分の母さん頼りか。
家へ着くとそのまま解散した。 親二人は相変わらず仲よさそうだったが、何となく雰囲気がいつもと違う感じがした。 家に入って早々今度は母に相談してみる。
「なぁ、母さん。 恵意のことなんだけど」
「さっき、恵意ちゃんのお母さんから聞いたわよ。 学校で嘘ばっかりついているんですって?」
「!?」
話を遮って母は鋭くそう言った。 歩いている時はそんな話はしていなかったため、親たちも電車が通っている間に話したのかもしれない。
「いや、それは恵意の嘘で」
「本当に?」
「実の息子を疑うのかよ」
しばらく目をそらさずに訴えかけた。 すると母が静かに言う。
「宿題をしていないのに『忘れた』って嘘をついたみたいだけど、それは?」
「あ・・・」
言われたのはつい先日の話で心当たりのあることだった。 お気に入りの漫画の新刊がどこへ行っても売り切れで、それを探して回っているうちにすっかり宿題のことを忘れてしまっていた。
その時、つい全く意味のない嘘をついてしまったのだ。 理由が理由なだけに否定もできないし、合理的な反論も思い浮かばなかった。
「そ、それ、誰から聞いたんだよ! それに、宿題は後でちゃんとやって提出したし」
「嘘をついたことは本当なのね! もうアンタのことは信じられない!」
「ちょッ、母さん!」
母はリビングの方へ怒って行ってしまう。 普段温厚で空気が読めないタイプだが、こうなってしまえば言葉を交わすことすら困難になる。
―――マジかよ。
―――母さんからの信用も失った?
―――確かに母さんは恵意の母親と仲がいいからショックかもしれないけど、俺は本当に嘘ばかりついていないし。
―――一体どうしたらいいんだよ・・・。
こうして近哉は母と恵意一家から信頼を失ってしまった。
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