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1 莉子
ーーー彼のキスは、いつも、蕩けるように優しい。
ヒールを履いていても、背伸びしないと届かない、形のいい唇。
大きな手のひらが、私の後頭部を引き寄せて。食べられてしまいそうなほど情熱的に、包み込んでくれる。
「…課長、」
「…ん…?」
「今夜は…?」
キスの合間、唇を離さずに尋ねる。と、彼の顔色が曇った。
「今夜は…ちょっと、」
「…そっか、」
「いつもごめん。また埋め合わせする」
最後に、触れるだけのキスをして。
「そろそろ戻ろうか、」
「…うん、」
「じゃあ、後で…」
他の社員に怪しまれないように、時間を変えなければいけない。
彼が先に出て行くのを見送って、スマホの時計を確認した。
ーーー2月12日、金曜日、13時45分。
あ、そっか。今日、娘さんの誕生日だ。ウッカリしてた。
あと5分くらい経ったら出ようかな。
隅の蛍光灯が切れた、薄暗い資料室。その片隅のパイプ椅子に、そっと腰掛けた。
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