ナイトウィッチ@スピードスター (約2分)

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ナイトウィッチ@スピードスター (約2分)

 星が瞬く。バーンはしっかり締まっている。  こんな夜は…ヤツが現れる。  耳からイヤホンの線を後ろに垂らし、きっちりナイター用のゴーグルを装着。  スキーヤーの癖に、だぼっとしたスノボのウエア、ニット帽からはお下げが二つ覗いている。 「はい、うぃっちぃ~降臨~」  離れていても立ち姿でわかる。  このスキー場、最難関にして最高のステージ。  ライトアップされた急斜面のてっぺんに彼女は舞い降りた。  早上がりの元輝(げんき)北斗(ほくと)は晩飯も食わずにナイターへ繰り出していた。  下手(しもて)に作った小型のキッカーでの練習を止め、闇と白の間に浮かぶ輪郭に目を凝らす。  北斗は、何気なく、けれど目線は釘付けになりながら口を開く。 「あいつ聴いてんの、演歌だったらウケる」  ウケると言いながら目は笑っていない。 「ぜってーあいつ、かーちゃん位の年だべ」  元輝が答える。 「どうかな~。でも、良い年こいてるよな。そういや、よっし~が、あいつ、仕事帰りにここ来てるって言ってたぜ。」 「げっ。もしかして吉田さん、うぃっちぃーに話しかけたん?勇者だなー。」 「うぃっちぃ~、ストレス暴発!」  会話はしているが、相変わらず二人とも目線は外さない。  暫し静寂……  来る。  すーっと、斜面に吸い込まれるように直立不動のまま真下へ滑降。  わずかに板を傾ける。  エッジが雪面を捉え、幻術(ターン)が始まる。  華奢なはずの脚で真っ直ぐダイレクトにその力を板に、雪面に伝える。  たわんだカーブのキツい板はしっかり踏み込まれ、ぴったり雪面に張り付き弧を描く。  雪と 板と 彼女が融合する。  更に力強く蹴り上げる。  その反動を巧みに使い、谷側へ身を投げ出す。  狂いなく途切れなく次の舞台(ターン)へと繋ぐ。  ぶれない上半身。  それとは対照的に促進力を増したその脚は獣のように暴れまくる。  そうでありながら、この猛獣使いの所作はしなやかで滑らかだ。  華奢な体がダイナミックな滑りで大きく変貌。  こちらへ迫り来る。  こちらへ?!  魔女が見ている。  口角の端が上がっているようだ。  そう。真っ直ぐこちらへ。  目前のスレスレまで迫り、倒れ込みそうなほど深く、深くエッジを噛ませ雪をえぐる。  イリュージョンの終演後にはきっちり2本のレール(あしあと)が残っていた。  一挙手一投足見落とさぬよう、息を飲み見上げていた二人は呆気に取られていた。  チビなババアだぞ……  スキーの板だぞ……  どこからこんな力が。  クソッ。 「うぜぇ。あいつ、また、煽ってきやがった」 「ちょっと、1本行くぞ」  魔女の幻術で、二人の闘志が沸々と燃え上がる。  あんなババアに出来て、俺らにできねぇ訳はねえ。  ぜってーに!
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