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爽志は清孝と来ていたカフェで未だにくつろいでいた。 ミルクをたっぷり入れた紅茶とフルーツをふんだんに盛られたタルトは、既に胃の中に納まっている。 しきりに時間を確認し連絡を待つ。
そして、待っていた相手からの連絡が届いた。
―――思ったよりも早かったな。
メッセージは簡素に一言。 ただそれを見るや否や爽志はカフェを後にした。
“一綺が帰った”
このカフェを選んだのには別の理由もあった。
―――清孝は上手いこと、一綺を泉美ちゃんの家に呼んでくれたようだ。
爽志は黄色い鍵の形をしたイヤホンジャックアクセサリを外して泉美の家へと向かう。 道中、予想通り苛立たし気に八つ当たりをしている一綺を発見した。
「やぁ、一綺」
「あぁ? 爽志か」
「そんなにカリカリしてどうしたの?」
「別に何もねぇよ。 そういう爽志こそ、こんなところで何をしてんだ?」
「今から泉美ちゃんの家へ向かおうと思ってね」
それを聞いた一綺は一瞬呆けた顔をし、後に複雑な顔をする。
「はぁ? どうして泉美のところへ行くんだよ」
「今日は会う約束をしているからだよ」
「行くのは止めておけ」
「どうして?」
「今泉美の家には、新しい彼氏がいるみたいだから。 邪魔者扱いされるぞ」
「・・・へぇ? 彼氏?」
清孝とは細かな打ち合わせはしていない。 大体の流れだけを決め、後は任せた形だ。 だから一綺が彼氏がいると言ったのを聞き素直に驚いていた。
「・・・何だよ?」
「その話は本当?」
「俺が嘘を言ってどうするんだよ」
「ちょっと泉美ちゃんに電話してみる」
そう言って泉美に電話をかけた。 数コールでコール音が途切れる。
『もしもし? 爽志くん!? 今どこ?』
電話越しにウキウキとした声が聞こえてきた。 それに冷たく言い放つ。
「泉美ちゃん。 今新しい彼氏といるって聞いたけど、それはどういうこと?」
『・・・え? あ、いや、それは何の話? 新しい彼氏なんていないよ!?』
その言葉が聞こえたのか、一綺が爽志の携帯を奪って代わりに出た。
「嘘つけぇ! 今、高学歴で金持ちの彼氏と一緒にいるんだよなぁ!? そう言っていたよなぁ!? “清孝”と付き合っているって言ったよなぁ!?」
『え、ちょ、一綺!? どうして一綺が爽志くんと一緒にいるのよ! 違う、違うの!!』
「何が違うのか言ってみろよ!!」
『あ、あ、清孝! 清孝、本当のことを言って!』
明らかに動揺している声が遠ざかっていく。 代行業として彼氏を頼んだだけの清孝と電話を代われば誤解は解けると考えたのだろう。 受話器を抑えながら何か大きな声を話している。
それを聞き爽志は肩をすくめて目配せをした。 数秒後、清孝の声が電話越しに聞こえる。
『・・・代わりました。 泉美の彼氏の清孝です』
『ちょ、ちょっと! どうしてそんなことを言うの!?』
『まだ依頼を受けたままだから。 それを遂行しただけ』
『ッ・・・』
それから二人の言い争うような会話が聞こえてくる。 もう受話器を押さえ付けることも忘れているのか全て筒抜けだ。 だが携帯が落ちる音と共にガラスが砕け散るような音も聞こえた。
それに遅れて泉美の崩れ落ちる音。 どうやら誤解を解くことに失敗したようだった。
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