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2月 ①
男子も女子も色めき立つ一大イベント、バレンタインデー。
雪が残り、まだまだ寒い中。この日だけはあちこちで熱い姿が目撃された。
直接手渡す者。恥ずかしさから靴箱に忍ばせる者。渡そうか迷っている者。
放課後は、いろんな人間模様が垣間見える。
「あれ、旭。もう帰んの?」
スクールバッグを持ち、さっさと教室から出ようとする旭に声をかけた。
こいつは、例年は引っ張りだこだというのに。
「あー……裕也か。帰るよ」
「放課後だぜ? まだまだこれからじゃん」
「俺はいいよ。じゃあな」
ちら、とひとつの席を見て。
息をついて、素っ気なく教室を出ていった。
そんな旭を見て、慌てて追いかける女子達がちらほら。
「(……全部断るんだろうなぁ)」
これまでなら、旭は渡されるがままにチョコを受け取っていた。
でも、今年はまだひとつも貰っていない。手渡しのものはすべて断り、こっそり忍ばせられていたものは「不要」と担任に処分を頼んでいるほどだ。
強がっているが、欲しいのはひとつだけなのだろう。
対して、もうひとりの主人公、ひなたといえば。
こちらもまた、午後のHR終了と同時にさっさと帰ってしまった。
旭の愕然とした、でも分かっていたというような、なんとも言えない表情に笑ってしまった。
自分から距離を取っているくせに、少しでも期待していたのかよ、と。
「(明らかに両想いなんだから、周りなんて気にせず付き合っちまえばいいのに)」
そう思ってしまうのは、俺が第三者だからなのだろうけど。
旭にことの顛末を聞いた時は、「何やってんだヘタレ」と心底思ったのだ。
「……俺も帰ろ」
旭もひなたもいないんじゃ、つまらない。
学祭のバンドで上がったイメージは確実にチョコに繋がり、今年は俺も豊作だ。
最後のチョコポイントである靴箱には何もなかったが、気分はほくほく。
鼻歌まじりに校門を出ようとして、何気なく振り返って気づいた。
校舎脇に数人の人影。険しい顔の、見覚えのある顔はカラオケに乱入してきた女子達。
なんとなく気になり、気づかれないように引き返して建物の陰に隠れた。
女子達の中心には、とっくの前に帰ったはずの小さな女子が。
俺はスマホを取り出し、素早くフリック入力してメッセージを送った。
❇︎❇︎❇︎
メッセージを受信して着信音が短く鳴る。
スマホを見てみれば、差出人には裕也の名前が。
期待はずれなのでスルーしようと思ったが、とりあえず確認することにした。
「……なんだ?」
メッセージには『子うさぎちゃんがキツネに囲まれてる』。次いで受信して、『校舎左脇』。
返信に迷っていると、最後に『お前が助けにこないなら、俺が騎士になる』と。
「ったく、どういうことだよ」
ぼやきながらも、足は自然と学校へ引き返して走る。
子うさぎって、ひなたか? 先に帰ったはずのひなたが、まだ学校にいた? キツネってなんだ?
頭はぐるぐると思考を巡らせ、足はがむしゃらに前に動かして。
何よりも引っかかる、騎士という言葉。裕也に務まるわけないだろ、と、心の中で悪態をついた。
教えられた場所につくと、裕也が「静かに」とジェスチャーしながら手招いた。
上がる息をなるべく潜め、そっと窺ってみると……。
「だからさぁ、旭くんに近づかないでって言ってるの」
「それ渡す気だったんでしょ? どういうつもりなの?」
数人の女子達に囲まれる、ひなたの姿。
囲む女子達は見覚えがあった。
「あいつら……!」
「まーまー、落ち着いて。暴力は今のところないから」
裕也の言う通り、確かに手は上げていない。上げていないが、女子達は何も言い返さないひなたに、好き放題に言葉で攻撃する。
俺に近づくなということから、ひなた自身を貶めた悪口まで。
笑う女子達の顔は醜く歪み、地面一点を見続けるひなたも次第に顔を引き攣らせた。
「返事ないけど、聞いてるー?」
「まーこれだけ言えばわかるよね。ていうかさ、そもそもでしょ」
「ぶふっ。そもそもよね。釣り合ってないから」
ゲラゲラと品のない笑い声に、ひなたは顔を上げた。
笑う女子達を見据え、口を開いた。
「釣り合ってなくても、周りがそう思ってるんだとしても……。私は、負けたくない」
「はぁ? 何言ってんの」
「私は、あなた達にどれだけ嫌がらせされようと、旭くんを諦めたくない!」
ひなたは大きく、言い切った。
女子達がピリつき、睨み返す。
1人がひなたに近づき、ひなたの持っている紙袋を払い飛ばした。
「生意気言ってんなよ!」
払い飛ばされた紙袋は地面に落ち、衝撃で中の箱が滑り出た。
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