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2月 ②
止めに出た俺の前に、紙袋が落ちた。
中身が滑り、顔を出す。ラッピングされた小さな箱には『バレンタイン』の文字が。
それを拾いあげると、ひなたと女子達の間に割って入った。
「あ、旭くん……」
「あの、これはね、」
女子達が笑顔を引き攣らせ、弁解をしようと
口を動かす。
それを制して、俺はねめつけた。
「全部聞いてた。言い訳はいらない」
どもる女子達は目を泳がせる。
そのまま引き下がると思いきや、ひとりだけ向かってくる子がいた。
この子が筆頭か、とわかった。ひなたと噂になる前から、やたらと話しかけられることが多かった。
「だ、だって旭くん、迷惑でしょ? そんな子と噂になって」
「釣り合わないって?」
「そ、そう! だって釣り合わないじゃない、どう考えても」
そうだよ、と相槌を打つ女子達。
懇願するような、同情を誘うような瞳は俺に向けられた。そして、筆頭の子を庇うように支えた。
「……じゃあ、君なら俺に釣り合うの?」
釣り合わないという、他の子も納得するのか? そう投げ掛ければ、無言が返ってきて。
心底くだらないと、馬鹿らしくなった。
「釣り合うか釣り合わないかは、俺たちが決めるから」
背にいるひなたの手を掴む。
何も言わなくなった女子達を無視し、ひなたを引っ張りその場から立ち去る。
陰から見ていた裕也は、親指を立てていた。
❇︎❇︎❇︎
「あ、旭くん!」
呼びかけるひなたは俺に引っ張られるままに歩いていた。歩いていた、というよりは小走りだ。俺がペースを合わせてあげられていなかった。
「……」
言いたいことがまとまらず、返事ができない。
ただ、このまま歩いてもどうしようもない。
俺は足をピタリと止めた。勢い余ったひなたは、俺の背中に突っ込んできた。
振り返ると、鼻を押さえたひなたと目が合った。
「この袋、チョコ?」
「え?」
突拍子のない俺の質問に、ひなたは首を傾げた。
ずっと手に持っていた紙袋を見せると「あっ」と、目を伏せて頷いた。
「俺に?」
「……うん」
その答えを聞いて、なぜかとても気が抜けた。
ひなたの手を握ったまま、ずるずるとしゃがみ込む。
「……良かった。あんなにでしゃばったのに、違ったらどうしようかと思った」
恥ずかしすぎる、と顔を伏せると、ひなたはふふっと笑った。
手を握ったまま、ひなたも俺の前にしゃがみ込む。
前にも、同じようなことがあった気がする。
「旭くん、助けてくれてありがとう」
ふわ、と髪を撫でられる感覚。
顔を上げれば、柔らかく微笑むひなた。
頬も鼻の頭も、寒さで赤らんでいる。
「……あんな目にあわせてごめんな、って、思ってるんだけどさ」
考えながら、言葉を繋ぐ。
ごめんと謝るだけでは、また後戻りしてしまうようで。
「ひなたが啖呵切ってくれて、嬉しかった」
「啖呵……」
思い出して、ひなたは寒さと違う意味で頰を染めた。
逸らそうとする顔を覗き込んで、目線で捕まえて。
「傷つけたくないって思って、距離置いたけど。……俺も、ひなたを諦めたくない」
ひなたの頰に手を伸ばす。
火照った頰は熱く、緊張であたたかくなった俺の手より、温度が高かった。
「もう、遠慮しないから。覚悟して」
潤んだ瞳は、しっかりと俺を見て。
こくん、と頷いた。
頰に添えた手はひなたを引き寄せる。俺は、ひなたの瞳に惹き寄せられて。
まぶたを閉じれば伝わる、柔らかな感触。
——火照った頰に、そっと口付けて。
「好きだよ」
さらに紅潮するひなたが、可愛くて。
昇る白は、吐息なのか。湯気なのか。
照れ笑いし合う俺たちは、チョコよりも甘く、見ていられないほどだった。と。
また、新たな噂が広まった、恋の一大イベント。
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