4月

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4月

   気持ちの良いあたたかな陽気はまだ少し先。  春を待ち遠しく木の芽が顔を出した、入学式。  体育館に整列し、隣を見れば見覚えのある小動物、もとい彼女が。 「あっ」  と、つい声に出た。 「えっ?」  と、彼女は俺を見上げた。  ニット帽に隠れていた髪は茶色みがかり、瞳の色から色素が薄いのだとわかる。  ほんのりと染まる頰は、十分に暖められた体育館の熱気にあてられたものだろう。 「俺のこと、わかる?」  と聞けば、困ったように口ごもられた。 「いや、ごめん。なんでもない」  そして、それ以上会話は続かず。  俺が一方的に知っているだけで、彼女は何も知らない。  恥ずかしさから、ふいと顔を背けてしまった。彼女は困っているだろう。  そのせいで、ただでさえ長い入学式がさらに長く感じた。  きっと、困らせてしまった彼女も。  ❇︎❇︎❇︎ 「あっ」  と、再び声に出してしまったのは、入学式後のクラスにて。  隣の席に座る彼女も今度は同じく、「あっ」と声に出した。 「えっと……隣の席だね」  あの時と同じ、さくら色の頬で。 「ひなたです」  改めてよろしくね、と。  困らせてしまったのに、そんなことはおくびにもださず。  窓から差し込む、柔らかな日差しに負けないほどに、柔らかい笑顔を見せた。 「(あさひ)です」  よろしく、と、こちらも。  申し訳なく思いながら。 「あの、さっきのこと……」  ひなたが言いかけて、頬のさくら色が広がる。  どきりとして次の言葉を待っていると、空気を察してか、友人の裕也(ゆうや)がすかさずやってきた。 「あっ! あの時の子だ!」  俺にも紹介しろ、と騒ぐ。  そのおかげで、周辺のクラスメイトと賑やかな自己紹介合戦が始まってしまった。  もはや、ひなたが言いかけたことは確認できず。  よくわからない展開に、ひなたと目が合い、こっそり笑い合った。
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