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6月
じめじめとすっきりしない日が続く、明けない梅雨。
奇跡的に晴れた体育祭では、各競技で盛り上がりを見せた。
団体戦では背の低いひなたがちょこまかと機敏に動き回り、意外にも貢献していた。
小動物よろしく、敵のディフェンスを華麗に避けて翻弄するのだ。
「ひなたちゃん、ハムスターみたい」
褒めてるのか、けなしてるのか。
俺の隣で、裕也が笑っている。
「……うさぎだろ」
ちょこまかと動き回るひなたに、あの時の姿を思い出す。
合格発表日。ぴょんぴょんと必死に跳びはねて、ニット帽のポンポンを揺らして。
頰と鼻を赤く染めた横顔は、まるで雪うさぎのような。
なんて、考えているうちに。
ピーッと高く、試合終了の笛が鳴った。ひなたのチームが勝利したらしい。
抱き合い盛り上がる中、ちらりとひなたがこちらを見た。小さくピースサイン。
裕也が目敏くそれを見つけて、「かわいい」とつぶやいた。
❇︎❇︎❇︎
体育祭の最終種目、一番の盛り上がりを見せる選抜リレー。
選抜されてしまった俺は、スタート位置についていた。走者順は嬉しくないことに、最終。大トリだ。
前の走者が走り出した。ちょこちょこと、機敏な小動物のように。頭に巻いたはちまきがたなびき、やっぱりうさぎのよう。
ひなたもまた、選抜されていた。
「旭くん!」
大きく呼ばれ、後ろへ手を伸ばす。
1人を追い抜かしたひなたも、バトンを持った手を伸ばした。
パシン、と受け取った。
「頑張ってー!」
背中に声援を受け、力強く地面を蹴る。
抜かすは、あと1人だけ。
頭のはちまきが風に流され、後ろではためくのを感じた。俺も、うさぎのように見えるのだろうか。
くだらない事を考えて、ふっと緊張が抜けた。
軽くなった足は、最後の1人を追い抜かした。
大きくなった声援は、歓声に。
1位を獲得し、興奮した裕也が飛びついてきた。遅れて、ひなたもやってきて。
ハイタッチをして、笑顔を交わした。
❇︎❇︎❇︎
その裏で。
「好きです、旭くん」
紅潮した顔で、まっすぐ見つめてくる瞳は揺るぎがない。
彼女の想いが真剣なことだとわかる。
「……ごめん」
誠実に、想いに応えて。頭を下げた。
彼女は微動だにせず、反応もなく。
「……俺、行くね」
断ってしまった俺は、ここに残るべきではない。後ろ髪をひかれつつも、立ち去ることにした。
誰かに見られてしまっては、彼女を傷つける噂が流れてしまうかもしれないから。
「どした? ひなたちゃん」
立ち止まるひなたに裕也が声をかけると、慌ててシーッと言う。人差し指を立てて。
ひなたの目線の先を見れば、旭と見たことのない女子が向かい合わせで立っていた。
そしてすぐ、旭は立ち去る。
「あー……なるほどね。旭はモテるからな」
裕也がなんの気無しに言うと、ひなたは「そうだよね……」とつぶやいた。
旭に断られた女子は、嗚咽を漏らしてくずれ落ちる。
見ちゃだめ、と。ひなたも裕也を引っ張って、その場を離れた。
断る者と、断られた者。
そして、偶然それを見てしまった者。
華々しく、その中にほろ苦さを残して。体育祭は、幕を下ろした。
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