6月

1/1
前へ
/15ページ
次へ

6月

   じめじめとすっきりしない日が続く、明けない梅雨。  奇跡的に晴れた体育祭では、各競技で盛り上がりを見せた。  団体戦では背の低いひなたがちょこまかと機敏に動き回り、意外にも貢献していた。  小動物よろしく、敵のディフェンスを華麗に避けて翻弄するのだ。 「ひなたちゃん、ハムスターみたい」  褒めてるのか、けなしてるのか。  俺の隣で、裕也が笑っている。 「……うさぎだろ」  ちょこまかと動き回るひなたに、あの時の姿を思い出す。  合格発表日。ぴょんぴょんと必死に跳びはねて、ニット帽のポンポンを揺らして。  頰と鼻を赤く染めた横顔は、まるで雪うさぎのような。  なんて、考えているうちに。  ピーッと高く、試合終了の笛が鳴った。ひなたのチームが勝利したらしい。  抱き合い盛り上がる中、ちらりとひなたがこちらを見た。小さくピースサイン。  裕也が目敏くそれを見つけて、「かわいい」とつぶやいた。  ❇︎❇︎❇︎  体育祭の最終種目、一番の盛り上がりを見せる選抜リレー。  選抜されてしまった俺は、スタート位置についていた。走者順は嬉しくないことに、最終。大トリだ。  前の走者が走り出した。ちょこちょこと、機敏な小動物のように。頭に巻いたはちまきがたなびき、やっぱりうさぎのよう。  ひなたもまた、選抜されていた。 「旭くん!」  大きく呼ばれ、後ろへ手を伸ばす。  1人を追い抜かしたひなたも、バトンを持った手を伸ばした。  パシン、と受け取った。 「頑張ってー!」  背中に声援を受け、力強く地面を蹴る。  抜かすは、あと1人だけ。  頭のはちまきが風に流され、後ろではためくのを感じた。俺も、うさぎのように見えるのだろうか。  くだらない事を考えて、ふっと緊張が抜けた。  軽くなった足は、最後の1人を追い抜かした。  大きくなった声援は、歓声に。  1位を獲得し、興奮した裕也が飛びついてきた。遅れて、ひなたもやってきて。  ハイタッチをして、笑顔を交わした。  ❇︎❇︎❇︎  その裏で。 「好きです、旭くん」  紅潮した顔で、まっすぐ見つめてくる瞳は揺るぎがない。  彼女の想いが真剣なことだとわかる。 「……ごめん」  誠実に、想いに応えて。頭を下げた。  彼女は微動だにせず、反応もなく。 「……俺、行くね」  断ってしまった俺は、ここに残るべきではない。後ろ髪をひかれつつも、立ち去ることにした。  誰かに見られてしまっては、彼女を傷つける噂が流れてしまうかもしれないから。 「どした? ひなたちゃん」  立ち止まるひなたに裕也が声をかけると、慌ててシーッと言う。人差し指を立てて。  ひなたの目線の先を見れば、旭と見たことのない女子が向かい合わせで立っていた。  そしてすぐ、旭は立ち去る。 「あー……なるほどね。旭はモテるからな」  裕也がなんの気無しに言うと、ひなたは「そうだよね……」とつぶやいた。  旭に断られた女子は、嗚咽を漏らしてくずれ落ちる。  見ちゃだめ、と。ひなたも裕也を引っ張って、その場を離れた。  断る者と、断られた者。  そして、偶然それを見てしまった者。  華々しく、その中にほろ苦さを残して。体育祭は、幕を下ろした。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加