8月

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8月

   澄んだコバルトブルーは高く、見上げれば涼やかな夏の空。  セミが鳴き、短い夏を満喫する蒸し暑い日々。 「あ、あのさ。花火大会、誰かと約束してる?」  休み時間、にぎやかな話し声から離れて。  人目を避けるように廊下でひなたに話しかけたのは、俺ではなくて。 「花火大会……」  呼び止められたひなたは、自然と足を止めた。  そして、偶然見つけてしまった俺も足を止めた。共にいた裕也も。  とっさに隠れ、耳をそば立てていた。 「ひなたちゃん、最近いろんなやつに声かけられてるよな」 「はっ? そうなの?」 「知らねぇのかよ。お前はお前で体育祭を皮切りにやたら告白されてるし、俺に春は来ないのか!」 「ちょっ、静かにしろ」  どんどんと声が大きくなる裕也の口を塞ぐ。  ちら、とひなたを伺えば、もじもじと話を進めなかった相手の男が意を決したところだった。 「あの、よかったらさ、一緒に行かない?」  口を塞がれた裕也がもごもごと暴れる。つい力が入り、苦しかったらしい。  パッと解放して、肩で息をする友人に目もくれず俺は飛び出していた。  返事を迷うひなたの後ろに立ち、穏やかに。 「ひなたはもう、俺が予約してるんだけど?」  驚き振り返るひなたに「ね?」と、促した。  ❇︎❇︎❇︎  と、いうやり取りがあったのが夏休み前。  現在は、花火大会の当日。  あの話は流れることなく、実行されていた。 「旭くんも浴衣なんだね」 「うん。せっかくだからね」  アイボリーにストライプの入った浴衣。  実は、淡いボルドーと淡いネイビーの二色縞のオシャレなものだ。  対して、ひなたは。  白地に、薄桃色の大ぶりな花柄が一面に並ぶ浴衣。ぱっと見は薄桃色一色に見える。  帯はベージュで渋めだが、全身をまとめるいい役割をしていた。  とても似合っている。 「ね、俺は? 俺は?」  そして、普段着のおじゃま虫がプラスで一名。 「裕也くんの私服はオシャレだね」とひなたが気を遣い、「ひなたちゃん浴衣姿かわいいね」と裕也が軽く言う。  なんだかとても、おもしろくない。 「花火まで30分あるけど、人多いし場所取りするか」  仕切る裕也は、一人ずかずかと進んでしまう。それに遅れないよう、浴衣でちょこちょことついて歩くひなた。  やっぱり、おもしろくない。 「おー! 裕也じゃん!」  突然かけられた声は、聞き覚えのあるもの。  裕也が「おー!」と返し、俺も気づいた。  同中だった、同級生の数人グループ。  仲が良かったのは裕也で、久しぶりに会ったために盛り上がっていた。  なので。 「ひなた」  こっち、と手招きをする。 「裕也くん、いいの?」 「いいよ。花火始まっちゃうし、ほっとこ」  裕也を置いて、改めて花火を見るための場所を探す。  だんだんと人が固まり、そこが一番のスポットだと教える。だけど、それだと背の低いひなたは埋もれてしまう。  もう少し端のほうに、と移動しようとすると、隣にいたはずのひなたが人に押され流されていた。 「ひなた!」  手を掴んで、引き寄せる。 「ご、ごめんね。旭くん……」 「ひなた、流されすぎ。あの日だって……」  思い出して、笑いが漏れてしまう。  懸命に踏ん張る背の低いひなたは、どうしたって流されてしまうのだ。  それがほっとけず、可愛らしい。 「人が多くて動けないし、もうここでいいか」  引き寄せた手は、繋いだまま。  柔らかさと、想像以上の小さな手に、胸が鳴る。 「あ、あの、手……。知ってる人に見られちゃうかもしれないよ……」  頬が見たことのないほど真っ赤になったひなたは、うつむいてしまう。  つられて、俺も耳が熱くなった。 「……いいよ、俺は。ひなたが嫌じゃなければ」 「…………」  無言の肯定、と受け取る。  普通繋ぎから、ぎこちなく恋人繋ぎに。  ビクッと微かに肩を揺らしたひなたは、それでも手を離すことはしなかった。  言葉に出して、この先に進むか。現状維持か。  ——花火が打ち上がるまで、あと数秒。
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