9月

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9月

   まだまだ暑さの残る、夏の終わり。  蒸した日が少なくなっただけで、秋だと感じるのはなぜだろう。  夏休みが明け、中弛みする間もなく学校全体が生き生きとしているのは、翌月に学祭を控えているせいだ。  俺のクラスは、流行りのタピオカジュースを売るらしい。  教室内の飾り付け、ショップ風の衣装作り、材料の調達など。  諸々の予定を立てて盛り上がる女子達。  反して男子は、力仕事や裏仕事に徹することになった。表仕事に手を挙げれば、可愛らしいフリルのエプロンを着させられるからだ。  中には、それがいいと手を挙げるお調子者もいるわけだが。 「旭も売り子やろうぜ〜」  そう、裕也のような。 「やらねぇよ」  一蹴する。 「なんでだよ〜、楽しそうじゃん。旭ならフリル似合うって」 「似合ってたまるか」 「ひなたちゃんもそう思わない?」 「えっ」  唐突に話を振られたひなたは俺をチラッと見ると、わたわたと挙動不審に動き席を立ち上がった。 「お、お手洗いに行ってきます……!」  バタバタと、騒がしく。 「……旭ぃ。花火大会からだよな、あれ」 「そう、かな」 「俺を置いてって、何したわけ?」 「……別に、何も」  何も。何もしてない。……結局。  打ち上がった花火に驚いて、言葉を飲み込んだ。結果は、現状維持。  ——の、はずだったのに。 「……避けられてんのかなぁ、俺」  机に、おでこを打ちつけた。  席が隣なので、最低限の会話はある。  あるのだが、今まで通りではなかった。ひなたから会話を避けるような、終わらせようとするような無言が、明らかに増えた。  目も合わず、あの笑顔もない。それが、こんなに堪えるとは。 「はっは。悩め悩め。悩み知らずのモテ男くん」  腹立たしい裕也の声。突っ伏したままなので、上から聞こえるのが余計に腹立たしい。 「モテねぇよ」と返したところで反感を買うので、無言で流す。 「あ、そうだ」  反応がないことにつまらなくなったのか、裕也は真面目なトーンに戻った。  というか、俺に話しかけにきた本題がそっちだったらしい。 「誘ってたやつ、受けてくれるんだよな?」 「あー、うん、俺でよければ」 「おけ。んじゃ練習あるから、放課後明けとけよ」 「んー」 「ひなたちゃんが惚れ直すほど、かっこいいところ見せてやろうぜ!」  ガタンッと音を立ててとび起きる。  裕也はひらひらと手を振って、自分の席へ戻っていった。楽しそうに笑いながら。  ひなたはもちろん、裕也にからかわれるほど、俺も挙動不審なのだろう。  この後、ひなたが戻ってきたらどんな顔をしていればいいのかわからない。  話しかけるのも不自然、話しかけないのも不自然。 「(あーあ……)」  失敗は、手を繋いだこと?  そもそも、強引に花火大会に誘ったこと? 「(時間、戻んないかなぁ……)」  そう思うが、時は戻らず進むのみ。  ❇︎❇︎❇︎  それぞれが学祭の準備に追われ、練習に明け暮れ、気まずさを解決することなく。  学祭まであと数日。  夏の高鳴りは、やはり夏のもの。そう諦めてしまいそうになるほどに、すれ違いの多いひと月だった。
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