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あの人と初めて会ったのはまだ寒い冬、大学入試の会場だった。
席に着いた時、彼は既に隣に座っていた。
何気なくやった視線が彼と合ったけれど、僕たちは何も言葉を交わすことは無かった。
その後も休憩の度に隣を見ると目が合った。彼もまた、僕を見ていたからだ。
でも、それだけだった。
言葉を交わすことも、ましてや連絡先を交換することも無く僕たちは別れて、お互い合否すら知らなかった。桜が散る中、キャンパスで彼を見かけるまでは・・・。
彼は既に多くの人に囲まれていた。男女問わず彼の周りは賑やかで、僕とは住む世界が違うとすぐ分かった。
近づいてはいけないと思ったけれど、あの入試の時以来、彼は僕の心に住み続けていた。
それがどういうことなのか、当時の僕には分からなかった。
その彼がうちにいる。
手を引いてコンパに連れていったのも彼だった。だから僕は、その手を振り解けなかった。
なぜ彼は僕の手を引いたのだろう。
なぜ彼は、僕の隣にいるのだろう。
たくさんの疑問が頭を埋めつくしていたのに、ひとくちのお酒が僕の思考を奪ってしまった。
そこに居たのは何の理性も働かず、湧き上がる欲求に忠実なだけのただの酔っぱらいだ。
でもそれは、紛れもなく僕の本心。
僕は本当に、この人に鍵を持っていてもらいたかった。
両手にキュッと力を込めて、もう一度言った。
『あげる』
それは一瞬だった。
彼は僕の手を払うと背中に回し、ギュッと抱きしめた。そして合わされた唇。
目を閉じる間もなかった僕は彼の目を見ながらキスをした。
初めてのキス。
お互い目を合わせながら唇を貪り、舌を絡ませた。
お酒で理性を失った僕はただただそれが気持ちよく、彼の背に腕をまわしてさらに彼を求めた。
静かな夜の玄関に卑猥な水音だけが響いていた。
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