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そんな心を伴わない体だけの関係は十年に及んだ。
その間に彼は結婚して家庭を作ったけれど、僕はその始まりの部屋でひとり、彼を待つだけの日々を送っていた。
優しさも、言葉すらもないまま、ただ交わるだけの関係。直人にとって都合の良い抱き人形のように扱われても彼を待ち続けたのは、おそらく彼への好意があったからだ。
自分の心を守るために記憶から消してしまっても、僕は直人が好きだった。多分、その淡い恋心はいつしか愛に変わっていたと思う。全てを許し、受け入れていたのは彼を愛していたからだ。
でも、その思いの名を記憶から消してしまった僕は、彼との関係に苦しんだ。
結婚してもなお離れられない自分の弱さ。なぜ僕は、彼から離れられないのだろうかと。
もし早い段階で彼への思いに気づいていたら、僕たちの関係は変わっていたかもしれない。
でも、そんな『もし』は今更変えることの出来ない過去のこと。考えるだけ虚しいだけだ。
結局、彼に子供が出来たことをきっかけに、僕は今度こそ彼から逃げることができた。
生まれてくる子供を不幸にしてはいけない。その思いが僕の弱い心に勝ち、ようやく僕は彼から離れることが出来たのだ。
直人から逃げて、僕は高校時代を過ごした地元に帰ってきた。
地元と言っても、中学三年から高校を卒業するまでのわずか四年を過しただけだけど、僕の人生の中で一番長く過ごした場所だ。
僕の両親は、訳あって引越しばかりしていた。
そのため同じ場所に長くは居ず、せいぜい二年でまた引越した。だから僕は転校を繰り返し、友達と呼べる存在は一人もいなかった。
そんな子供の様子に気づいた両親が初めて長く居を構えた場所がここなのだ。けれどその頃にはもう一人を好むようになっていて、せっかく転校もせず過した高校時代にも友達は一人もいなかった。
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