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そんな僕が引越し先をここにしたのはなぜだったのだろう。 何も決めず乗ったタクシーの運転手に行き先を聞かれた時、半ば無意識にここを告げていた。 その時はどこでも良かったので深く考えなかったけど、もしあの時違う場所を告げていたら、今の僕はいなかったかもしれない。 ともかく、少ない荷物とともにここへ帰ってきた僕は偶然中高の同級生の真田に拾われ、ここで生活することになった。 早くから起業して社長になっていた真田の会社に就職させてもらった上、住まいまで手配してもらった。 あれから一年と三ヶ月。 最初の一年は直人への思いに苦しんだものの、三ヶ月前に現れた白井くんによって、僕の心は救われた。 白井くんは直人の奥さんの弟で、僕に報復しに来たのかと思った。 表面上、僕は白井くんのお姉さんの夫と不倫関係にあり、何らかの理由で夫の不倫を知った奥さんが、その相手への復讐を弟に頼んだのではないかと思ったからだ。 けれど、白井くんは報復どころか僕に好意を寄せてくれていて、僕の行いを知った上で僕の心を理解し、救ってくれたのだ。 長い間隠されていた直人への思いを白井くんが教えてくれたことによって、僕の心は救われ、やっと苦しみから解放された。 とは言っても、すぐに直人への思いは無くなることは無く、未だ僕の心に住み続けているのだけれど、白井くんはそれすらも待つと言ってくれている奇特な人だ。 まだ直人を忘れられないことを申し訳ないと思いつつ、僕は彼に甘えさせてもらっている。 彼のそばは温かで安心できるのだ。 だけど、こんな未練がましい30男のどこがいいのだろう。 なにがいいのか分からないけど、白井くんは僕のことを考えて色々世話を焼いてくれる。 直人への思いを忘れられたら、白井くんを好きになりたい。 そう思えるようになって、僕は少しずつ前へ進めるようになった。
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