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第五章『桜の吐息』
「……はぁ」
「……あら珍しいじゃない、あんたが溜息吐くなんて」
「今日は何だか静かだと思ったら、ひとみのせいか」
……瀬名さんの元気が無い。
本来であれば黒百合には、開店してからいつも一番乗りで来ていた彼女……その日は俺達の中で一番最後に来店して、溜息をつきながら重そうに腰をカウンター席へと降ろしていた。
「お仕事とかで……何か嫌な事でもあった……?」
「いや、違うのぜ……」
「お身体の調子が優れないとかですか?」
「今日のお昼ご飯は、すき家で牛丼の大盛りを二杯食べたのぜ……」
「それはいつも通りね」
最後に来ても、ドアのベルよりも大きく元気な声で店に入ってきそうなものだが、そんな事も無かった。
明らかにいつもとは違う瀬名さんの様子に、皆は心配しながら、彼女の不調の原因を探っていく。
「……では一体、何が原因なのだ?」
声は小さいが、俺からの質問にノリよく答えられる程の元気は残されていた。
それを真緒さんも悟ったのか、あまり心配していない感じでふっと笑うと、瀬名さんの背中を撫でながらそう話し掛けた。
「実はあたい……今、悩みがあって……」
「えっ? そういうのだったの?」
「何だと、女でしか出来ないような会話ならば、仁藤には席を外して貰うか」
「仁藤くん……エッチ……」
「いやまだ瀬名さん何も話されていませんよ」
「ううん……女の子としての悩みとかじゃなくて……てかこれは、やまちゃんにも聞いて欲しい悩みなのぜな」
「……そうなのですか」
「ならとっとと言って、楽になっちゃいなさいよ」
「あたい……今何の為に生きてるのか、分からないのぜ……」
「ええっ……」
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……十月、秋だ。
春は花粉症、夏の暑いのが苦手で、冬の寒いのも苦手だという人にとっては、今の季節が一番過ごしやすい時期と言えるだろう。
十月は衣替えの月でもある。
日中、歌舞伎町内を通る殆どの者達は、皆夏の頃の暑い日々も忘れて長袖へと切り替えており、通りを吹き抜ける涼しい風と共にそれぞれの目的地へと行き来をしていた。
皆九月とは違い、盆休みが終わった時の悲壮感から抜け出して、今度はクリスマス正月やらに希望を抱いて働いている事であろう。
……そして俺も、その中に紛れて仕事をこなしている社会人の一人だ。
「仁藤! スパナ取ってくれ!」
「はい!」
子供の頃から勉強をしてきた者は、大人になってからは優良な企業に就職出来る資格が手に入る。
しかし、中学にも真面に通っていなかった俺が今更勉強など出来る訳が無い。
そういう頭が使えない者は、この現代社会において体を使う事でしか働く事が出来ないのだ。
その代表例としてが土方の仕事。
今日の俺は、明治通りにあるビルの窓ガラスを掃除していく為の、外側から足場を作っていく日雇いの仕事を務めていた。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か仁藤、疲れたんならぶっ倒れる前に休んどけよ」
「大丈夫です……」
鉄で出来た平たい足場をトラックから担いで運び、地上から足場を組み立てている上の人達に次々に渡していく……
重たい物を継続的に運んでいると、当然足と腰の耐久値も徐々に減っていく……
だが俺も、これまでに監督達に厳しいご指摘を頂きつつも、度重なる肉体労働系の仕事を何回もこなしてきた身だ。
それだけキャリアがある筈なのに、そう簡単に休んでしまう訳にはいかない。
勉強が出来ない、運動が出来ない、体力も無い……これではロボットが何も出来ない子供を助けていく、某アニメに出てくる主人公と同じだ。
俺は……得意な事が何も無くても、体力だけはある人間で無いといけないのだ……!
「ふぅっ……!!」
「おお仁藤くん頑張るね〜、こりゃあおっちゃんも負けてらんないなぁ」
「はい……一緒に頑張りましょう平田さん」
「おう、その意気だよ仁藤くん」
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「……お先に失礼致します」
「おう! お疲れ様〜」
「お疲れ様でした……」
……その夜、今日も今日とて仕事が終わった。
監督から貰った日払いの給料が入っている封筒を、スーツの内側のポケットに入れて現場を後にする。
「……ふぅ」
完全に現場が見えなくなったタイミングで溜息を漏らしながら、歌舞伎町へ戻って行く。
これから行く場所は、既に昨日寝る前から決めていた。
むしろほぼ毎日、習慣のように仕事終わりには必ず、その場所を訪れている程だ。
……俺と同じく、仕事終わりにその店に集まる友人達と会う為に。
「……真緒さん」
「おう、仁藤か……珍しいな外で出会うとは」
「新宿は広いですが……歌舞伎町は案外狭いので」
その途中、喫煙所でタバコを吸っていた真緒さんと出会った。
帝真緒さん……俺達皇組と相対する帝組組長の娘にして、俺よりも一つ歳上の警察だ。
「仕事帰りか?」
「そうです……そのタバコは、ピアニッシモアリアですか?」
「ほう? よく分かったな」
「コンビニで働いている時、ここら辺りで働いているキャバ嬢皆さんの殆どが、そのタバコをお買い求めになるのです」
「一応女が吸うタバコとして通っているからな……名前を言い当てるなど、お前自身もこれを吸っているのかと思ったぞ」
「吸っていませんよ……俺はまだ未成年です」
「ふっ……当然だな」
そうして真緒さんはピアニッシモアリアを灰皿に放り投げると、ベンチから立ち上がって俺の肩に腕を置いてきた。
「では行くとしよう、どうせお前も今から黒百合に行く所だろう?」
「そうですよ……今日も真緒さんの、お酒に酔った真っ赤なお顔が見られると思うと楽しみです」
「ふっ、舐めて貰っては困るな……これでも黒百合以外の場所で酒を飲んで、耐性はつけてきているのだからな」
最近は俺達同年代の中で二番目に成人になった真緒さん。
喫煙と飲酒が解禁された訳だが……飲酒に関しては、いつも本人は同じく成人である武蔵さんよりも、他の女子三人と飲みたそうにしている。
「はぁ……そのままアルコール中毒とかにならないように、気を付けてくださいね……」
「そう簡単に酒に負けたりなんかしないさ……おっ、あれは凪奈子ではないか?」
「……あっ、本当ですね」
「おい凪奈子」
「あらどうしたの二人揃って」
続いて俺達は、コンビニから出てきた飯田さんと遭遇した。
飯田凪奈子さん……天鳳大学一年生にして、この街にあるキャバクラのロイヤルメイデンで働くキャバ嬢である。
「黒百合に向かう途中で真緒さんとお会いしたのです」
「お前も一緒に黒百合に来るであろう?」
「ええ、是非ご一緒させてもらうわ」
「あのセブンで何をしていたのだ」
「お金を下ろしてたの……そろそろ定期が切れそうだから、後でチャージしに行くのよ」
「なるほど……電車で移動するのも大変ですね」
「小田急とJR線を経由すると電車賃も馬鹿にならんだろう、車でも買ったらどうなんだ」
「嫌よ、ここら辺を車で移動する方が大変だと思うけど」
相当な移動距離にも関わらず、引越しもせずに日々長い距離を電車で移動をしている飯田さん。
その理由は仕事と学校だけでは無く、神奈川の実家で暮らしている双子の妹達の面倒を見る為であった。
……因みに真緒さんは、俺が初めて飯田さんに会う前からロイヤルメイデンに通って飯田さんを指名していた常連客でもある。
「……さーて今日もやって来たわね」
「相変わらず禍々しい雰囲気の看板だ」
「もう中に瀬名さんもいらっしゃるでしょうか」
……そうして俺達は、あずま通りにある三階建てのビルの麓にやってきた。
黒字の看板に、殴り書きで"Black Lily Apostle"と赤字で書かれた看板は、何度見ても初見の客を寄せ付けない雰囲気を放っている。
しかしそんな看板に怯む事無く、中に入ってみると……
「あら、いらっしゃあい〜」
本来は大人の雰囲気なバーな筈なのに、モデルガンや迷彩柄のペナントなどミリタリーな装飾でガンショップのような内装になってしまっている店内。
そして入店直後、俺達を出迎えたスポーツカットで筋肉質な見た目と口調があっていないこの男の人が、この黒百合の使徒のオーナーである。
「あらぁ、皆今日も来てくれて嬉しいわあ」
「こんばんは、ブルヘッドさん」
「家に帰っても、どうせ風呂に入るしかやる事が無いしな」
「家が近い人はいいわねぇ」
真緒さんの歌舞伎町からの家の近さに皮肉混じりで羨ましがる飯田さん達に続いてカウンター席に向かう。
「皆……こんばんは……」
……そして、カウンター内でコップを拭きながら俺達に挨拶をしてきた少女。
彼女は長内千夜さん……小さい頃からアメリカで育ち、今年の冬にこちらに帰国して、現在はこの店で働きながら居候をしている。
「こんばんは千夜」
「今日も会いに来てやったぞ」
「うん、ありがとう……でも皆、疲れてる顔してる……大丈夫……?」
「大丈夫よ、いつもと変わりないわ」
「ここに来れば、その疲れも取れますよ」
「お前の方こそ眠そうな顔をしているぞ、大丈夫か?」
「?……私は、平気よ……」
人形のような無表情で、言葉をゆっくりと口にする長内さん。
これはアメリカに長い間いたせいで、日本語を上手に話す事が出来ないかららしい。
その口調を聞いていると、不思議とリラックス出来て、徐々に瞼が重くなっていくのを感じる。
一方のブルヘッドさんはカウンター内で長内さんの頭を撫でながら、彼女の後ろを横切って別の客と話をしに行った。
「ん……皆……ご注文は……?」
「エル・ディアブロだ」
「シャーリーテンプルをお願いします」
「シンデレラください」
「畏まりました……」
「今日のオススメとかはあるか?」
「今日は……カレードリアがオススメ……」
「いいですね」
「最近、夜は寒くなってきたしね〜」
「ふむ……ではそれを貰おうか」
「私も」
「俺もお願いします」
「まいどあり……」
これが俺の、いつもの仕事終わりの日程だ。
同じく仕事終わりの真緒さんと飯田さんと共に、長内さんのいる黒百合に行って、皆で晩飯を食べる。
外食をするだけでも贅沢だろうに、真緒さん達とも会えてお話が出来るだなんて、これで疲れが吹っ飛ばない訳が無い。
改めて人の心を癒すのは、最終的に人の力だと感じるのであった。
……しかし、現時点で俺達の面子にはまだ後もう一人だけ足りていない。
「……てか今日はひとみ遅いわね」
「いつもなら店に来ると必ずいるのだがな」
「もしかしたら、まだお仕事をなさっているのでしょうか」
「面倒な事とかに巻き込まれてなきゃいいけど」
「あっ……来たわ……」
「……」
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「……ふーん、何の為に生きてるか分からない……ねぇ」
「日頃からそういう事は、何も考えていなさそうな奴だったのにな」
「いやそれ軽く失礼だからあんた」
「でも、お仕事が関係無くても……将来の事を心配するだなんて……ひとみちゃんが独りの時に、何があった事に間違いは無いわ……」
「そうね……本当にどうしちゃったのかしら」
……瀬名ひとみさん、十七歳。 本来であれば現役女子高生である筈が、ホームレスで俺と同じく日雇いの生活で金を稼ぎ、ネットカフェで寝泊まりをして自分の本当の住所は持っていない人だ。
そんな彼女がお手洗いに行っている間、俺達は瀬名さんの悩みの原因となった引き金について探っていた。
「……日頃から普通の女子高生達とは違う生活を送っていれば、違う点の数だけ悩みも多そうだがな」
「ひとみ……いつも元気だけど、今まで私達を心配させないように無理してただけだったのかも」
「……とにかく本当に元気が無いのであれば、俺達の前に顔を出さず、独りで落ち込む筈です」
「ここに来たのは……私達に元気づけて貰う為に来たのかも……」
「ふっ、そうならそうだと早く言えばいい物を、素直ではない奴め」
「あっ、戻って来たわ」
「……ただいまなのぜ〜」
それから我々のいるカウンター席にとぼとぼと帰ってきた瀬名さん。
本当に元気が無いのか、心做しか彼女のツインテールの結び目が下に垂れて、同じく元気が無い犬のようになっている。
「おう帰ったかひとみ、このカレードリアを少し分けてやるぞ」
「えっ? ありがとうなのぜ〜」
「どう? 少しは落ち着いた?」
「大丈夫……?」
「うん……えっと、皆急に変な事言って、心配かけてごめんなのぜ!」
トイレにて心の整理をつけてきたのか、先程よりも元気な態度で、美味しそうに真緒さんから分けて貰ったカレードリアを頬張る瀬名さん。
「これ美味しいのぜな! 新作なのぜ?」
「そうよ……昨日から作り出したの……」
「えへへ……じゃああたいも頼んじゃおうかな……」
ご飯を食べて更に元気を取り戻した彼女は、悩みの話を無かった事にして、別の話題に移ろうとしていた。
「ひとみ、何かあったんなら話してみなさい?
私達で良いなら相談に乗るわよ」
「遠慮せずに歳下は歳下らしく、歳上の私達に頼るがいい」
「その言い方だとますます話しずらくなるでしょうが」
「瀬名さん……話したくないなら、無理しないでも大丈夫ですから」
「皆……」
皆からの言葉でスプーンを置く瀬名さん……
長内さんと目が合うと、彼女も優しく微笑み返しながら瀬名さんからの返事を待っていた。
「実はあたい……夢とか無くて……」
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「……だからやまちゃん達と会う為に、今はお仕事をして頑張れてるけど」
「それ以外だと、夢とか別に無いし……その内、やまちゃん達とも会えない日もいつかやってくるだろうし……」
「そしたらあたい……皆と会う以外で、何の為に生きたらいいのか、分かんなくなっちゃったのぜ……」
「……なるほどね」
そうして瀬名さんは、俺達に元気が無い理由を話してくれた。
俺と同じく、皆と会う為に毎日仕事は続けられている……しかしこれが、五年後、十年後も持続出来る希望だとは限らない。
飯田さんは大学を卒業したら就職、場所によっては東京から出なければいけない事になってしまうかもしれない。
そして長内さんも、ブルヘッドさんから独り立ちして、歌舞伎町から出ていくという夢を持っている……とにかく、いつまでもこの五人組で揃う事は出来ない訳だ。
彼女達に会えなくなるとどうなるか……俺自身も、もしも歌舞伎町で独り取り残されてしまった事を思う不安に心臓を掴まれる。
「確かに私達と会う為に生きているという考えは……悪くは無いが、依存をすればする程に別れる時の悲しみも大きくなるだろうな」
「要するに、私達と会う事以外で……楽しみがもう一つ増えればいいって事……?」
「……そうかも、なのぜ」
「趣味とか無いのですか?」
「それが趣味も無いのぜ……」
……ここで、俺達の中で一つの疑問が生まれる。
「あんたって、普段はどういう生活してんの?」
それは瀬名さんが、俺達に会う以外でどんな事をしているかである。
これまでに真緒さんは警察、飯田さんは大学生兼キャバ嬢、長内さんはこの黒百合で働いており、何となく一日の中で何をしているのかが分かってきた。
しかし瀬名さんの場合、俺達に会っていない時は何処で何をしているのか、その一切が不明なのである……それは飯田さん達も抱いている疑問であった。
「えっと……まずは起きて、朝ご飯食べて、お仕事に行くのぜ!」
「そしてお昼ご飯食べて、お仕事が終わったら黒百合に行くのぜ!」
「それが今だな」
「そして皆とお別れしたら、お家に帰って……お風呂に入って寝るのぜ!」
「……それだけ?」
「随分とシンプルな日程ですね……」
「本当に娯楽面では、私達に会いに来る為に生きているようなものではないか」
「それだと独りになった時の寂しさ半端ないでしょ、やめなさいそんな生活」
「うう……確かに寂しくて寝れない時は何回かあったのぜ……」
「携帯とかがあれば……離れていても、私達と連絡が取れるわ……」
「それがあたいケータイ持って無いのぜ……」
「そう……」
今のご時世、俺達にとっては身近な存在となったスマートフォン……しかし家すらも買えない瀬名さんが、携帯を持っている筈も無かった。
よくよく考えれば分かる筈の事を、長内さんも聞いてから改めて気がついたのか、申し訳なさそうな表情へと変わった。
「趣味が無いというよりは……趣味に勤しむ時間が無いという事でしょうか」
「そうかもなのぜ……お家に帰ってくる頃には、お風呂に入ったら疲れてそのまま寝ちゃうのぜ」
「ふむ……ネットカフェに泊まっているのであれば、ネットも出来るしマンガも読めるで退屈はしなさそうなのだがな」
「そうよ、そういうのには興味無いわけ?」
「うーん……一応試してみたけど、すぐに飽きちゃったのぜ……」
「確かに瀬名さんって、家で漫画を読んでるよりは、外で元気に遊んでいるイメージの方が強いですしね」
「うん……でも、夜は寝ないとダメだし……」
徐々に瀬名さんの事が分かってきたような気がする俺達……しかし、それに比例して瀬名さんの表情が曇っていく。
「なんか相談に乗って貰ってるのに、さっきから皆の意見をダメにしちゃってるみたいで、申し訳ないのぜ……」
「元気出して、ひとみちゃん……そんな事、思ってないわ……」
「ちーちー……」
すると先程の無礼を詫びるように、瀬名さんの隣に座っていた長内さんは、彼女の頭を優しく撫でた。
「人に急に変われと言っても無理な話だ……ひとみはひとみのままでいればいい」
「でも趣味の一つぐらいは見つけられる筈よ、平日には出来なくても、休みの日に出来る事を楽しみにしていけば、少しは世界が変わると思うわ」
「なるほどなのぜ……とにかくやってみるのぜな!」
こうして真緒さんと飯田さんと長内さんは、一時的だが瀬名さんに答えを与える事に成功をした。
歌舞伎町で生きる年長者として、俺達の中で最年少である瀬名さんを導く……今の女子三人は、瀬名さんの姉のようであった。
「……とりあえず、これからはひとみの趣味探しに付き合ってやるか」
「ひとまずは私達の趣味を……ひとみにも紹介すればいいかしら」
「上手く……紹介できるかな……」
「皆……ありがとなのぜ!」
「……っと、そろそろ私は帰るわね」
「むっ、もうこんな時間か」
「てな訳で悪いけどひとみ、この話はまた明日って事で」
「うう……あたいが遅れてきたのがいけなかったのぜ、ごめんなのぜ」
「あんたは何も悪くないんだから、謝らなくていいの」
「そうだぞ、謝りすぎると仁藤みたいになってしまうからな」
「どうしてそこで俺が出てくるのですか……」
「ブルちゃん……凪奈子ちゃんを、駅まで送っていくわ……」
「あら行ってらっしゃあい」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
……冬を予感させる秋の肌寒い夜を温めるように、今日も眩しく輝く歌舞伎町のネオン街。
その中を通り抜けて、終電に間に合わせる為に駅に向かう飯田さんを送っていくのが、俺達の普段の日課だ。
「……もう、毎日駅まで送ってくれなくてもいいのに」
「気にするな、家に帰っても暇だと言っているだろう」
「歌舞伎町の夜は、危ないから独りで歩くのは危ないわ……でも皆で行けば、仁藤くんもいるし安心よ……」
「そんなに期待をされると照れますね……」
「あたいは出来るだけ皆と一緒にいたいだけなのぜ!」
飯田さんが満更でも無さそうな言葉を言う度に、それぞれが彼女を安心させる言葉をかける。
そして瀬名さんも、いつもそのように言葉を返してきていた……しかし瀬名さんの日程を初めて知った事で、その意味合いも変わってくる。
すっかりと笑顔で元気を取り戻したようにも見えるが、このまま返す訳にはいかないような放っておけない雰囲気を、瀬名さんから感じた。
「……早速寂しがっているではないかひとみ、今日は私の家に泊まっていくか?」
「ええっ!! ダメなのぜ、まおまおに迷惑なのぜな〜」
「ひとみちゃん……本当に独りで大丈夫……?」
「うん、慣れてるから平気なのぜ!」
「そう……とにかく今度の日曜日は、真緒の言う私達との趣味探しだから、その楽しみが増えるだけでも……大袈裟だけど生きる意味があるってもんよ」
「うう……今思うと悩みの言い方が大袈裟すぎた気もするのぜ、恥ずかしいのぜよーっ」
ふっと笑う飯田さんを見て、両手で顔を隠す分かりやすい恥じらいのポーズを取る瀬名さん。
そのリアクションを見て、日曜日までは瀬名さんの事を心配する必要は無さそうだと思いながらも、俺達は飯田さんと別れるのであった。
「ばいばいなのぜーっ!」
「ふぅ、さて私達もとっとと帰るとしよう、家の風呂が恋しい寒さだ」
「カレードリアの意味が無いぐらい……寒い……」
「あたいもシャワー浴びてゆっくりしたいのぜ!」
……今度は歌舞伎町に戻り、次は歌舞伎町一番街のゲートの前で、その通りに位置するネットカフェに帰る瀬名さんと別れる。
「……じゃああたいはこれで失礼するのぜ!」
「うむ、ネカフェまでは近いとは言えど、最後まで油断せずに戻るようにな」
「風邪……引かないようにね……」
「お気をつけて……」
「うん! 皆バイバイなのぜ!」
そうしてゲートを潜って、日を跨いでも尚、減らない人通りに消えて行く瀬名さん……
そんな彼女を、俺達は通りが変な様子になっていない事を確認してから、その場から離れるのであった。
「ふむ、しかし趣味が無いか……シンプルながら、結構重要な悩みではあるな」
「楽しい事が無いと……確かに生きるのは、苦しいかも……」
「……」
……実を言うと、人に紹介出来る趣味が無いのは俺も同じであった。
なので黒百合にいた時、趣味に関するアドバイスを瀬名さんに何一つ言う事が出来なかったのだ……かつての飯田さんの勉強会の時のようなデジャブを感じる。
趣味が無い者同士……日曜日に見つけられたらいいなと、アドバイスが出来なかった代わりに、黒百合にいる間や別れ際にでも瀬名さんと話せば良かった。
……まぁそれだけなら、明日また暇な時に話せば良いだろう。
「仁藤くん……どうしたの……?」
「早く帰らんと本当に風邪をひくぞ」
「あっ、すみません、行きましょう……」
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