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……そして一週間後、瀬名さんとの散歩決行日。
この一週間、何気なく過ごしてきたが、当日の朝になってぶり返した緊張感に翻弄されたまま、俺は新宿駅にて瀬名さんが来るのを待っていた。
本人にそのつもりが無くても、男女二人きりで何処かに行くとなると……恋人同士のデートでは無くとも、やはり多少は意識をしてしまう。
JR新宿駅前にて、右往左往する人の流れを眺めている内に、一旦心を落ち着かせる為に買ったリアルゴールドがあっという間に無くなっていく。
量の少ない缶よりも、ペットボトルの方を買った方が良かったか……?
「お待たせなのぜ〜!」
その空き缶をどこに捨てようか考えていると、人混みを抜けてスキップをしながら瀬名さんが俺の前に現れた。
咄嗟に空き缶をポケットに突っ込み、寄りかかっていた壁から離れて瀬名さんの方を向く。
「おはようございますなのぜ」
「あ……おはようございます」
両手を広げながらぺこりとお辞儀した瀬名さんに釣られて、俺も足を揃えてお辞儀で返す。
今日の瀬名さんはパーカーの上にダウンを羽織り、下は太ももまで上げたショートパンツでスニーカーを履いている……今日も動きやすいかつ、瀬名さんの活発な性格が伝わってくる服装だ。
……一方で俺の方はそこまで激しい運動を想定しておらず、シャツの上からジャケットを羽織っている、生地の薄い防寒性に欠けた見た目意識の服装である。
「……下寒くありませんか?」
「寒くないのぜ! 逆にこれから沢山歩くから、むしろ暑くなってくるのぜ!」
「なるほど……風邪だけは引かないようにしましょう」
「やまちゃんの方は、その格好で大丈夫なのぜ?」
「暑ければ袖は捲りますし……最悪脱げば平気です」
「分かったのぜ! それじゃあ早速れっつごーなのぜな!」
「は、はい!」
緊張しているのがバカらしくなってくるぐらいに、今日も順調に明るい瀬名さん……
改札を通って、透かさずポケットから出した空き缶をゴミ箱に捨てて、瀬名さんに着いていく……
「……それで、どこに行きたいか決まりました?」
「うん! 決まったのぜ! あたい上野公園ってとこに行ってみたいのぜ!」
「上野公園……動物園もある場所ですね」
「そうなのぜ!」
そうして瀬名さんと電車に座り、飯田さん御用達の山手線で上野駅へと向かっていく……
瀬名さんと行く上野公園……質問した俺の方も、何処に行きたいか場所を決めておいた方が良さそうだ。
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上野駅……広小路口から出ると右側の線路の真下にあるスターバックスや色々な場所で、俺達と同じく休日を楽しもうとしている人々が行き来していた。
車道の向こう側の歩道に揃って並ぶ様々な店……瀬名さんは広小路口の広場から歩道へと飛び出すと、その店々を珍しそうに眺めていた。
「おーっ! こっちも色々なお店があるのぜな!」
「歌舞伎町とは違って、こちらは食べ物屋さんよりは服屋さんとか雑貨屋さんが多そうですね」
「うん! あのやましろや……? っていうおもちゃ屋さんみたいな所が気になるのぜ!」
「先に行ってみますか?」
「帰りにでも大丈夫なのぜ! それよりも早く上野公園に行ってみたいのぜ!」
「分かりました」
後々の楽しみに取っておくのではなく、いきたりメインディッシュから手を付ける瀬名さん。
適当に歩き出した彼女に着いて行き、俺は地図アプリを開いて上野公園の場所を確認した。
「上野公園はこちらの方向で合っているみたいですね」
「確かにここからでも公園みたいな場所が見えるのぜ!」
「あまり複雑な地形ではなくて良かったです」
瀬名さんが見つけた上野公園らしき、木々に囲まれた場所へと近付いていく……
そうして石段を戻り、瀬名さんは上野公園への最初の一歩をジャンプしながら踏み出した。
「……着いたのぜーっ!」
「結構大きそうな公園ですね……」
上野公園……紅葉している木々に出迎えられたその場所では、我らが新宿中央公園とは違って博物館や美術館まであるそうだ。
入口付近の園内地図を瀬名さんと共に見て、遊具ぐらいしか見た事が無い新宿中央公園との格の違いを思い知らされる。
「やまちゃん、ここに来るのは初めてなのぜ?」
「はい、新宿意外の大きな公園には、あまり行かないので……」
「あたいもこんな場所があったなんて驚きなのぜ! 」
「まずは……ぐるっと一周でもしてみますか」
「うん!」
公園の一番外側だと思われるこの場所から、適当に最も道路側に近い通路から進んでいく……
「ふーふふ〜ん……♪」
瀬名さんもまだ見ぬ上野公園の景色に期待を思う表情をしながら、鼻歌を混じらせつつ俺の後ろをトテトテと着いてきていた。
日々娯楽の無い毎日を過ごしているであろう……その瞳にはどれ程の希望や期待が景色として映っているのだろう。
「瀬名さん、もう既に楽しまれていますね」
「うん! 元々お出かけは好きなのぜ!」
「そうですか?」
「それに運動も出来てるし、一石二鳥なのぜ!」
「やはり運動はお好きですか」
「うん! これからはお仕事終わりに、どこかお散歩してみるのもいいかもしれないのぜな」
「体力ありますね……」
「えへへ……」
日々ビルに囲まれて仕事をこなす瀬名さん……これが普通の社会人であれば、田舎に行きたいと散歩どころか都会の景色にうんざりする程だろう。
しかし彼女の体力とモチベーションは、その都会の匂いに挫けないぐらいに満ちていた。
「……逆に今まで、仕事帰りに何処か寄り道されたりしていなかったのですか?」
「うーん……てか毎日がお散歩みたいなもんなのぜ!」
「?」
「あたい新宿だけじゃなくて色々な場所に歩いてお仕事しに行ったりするのぜ!」
「その殆どが毎日初めての場所だったりするから……お家に行ったり来たりしてる間はずっとお散歩なのぜ!」
「なるほど……」
「でもお仕事の時よりも、今のお散歩の方が楽しいのぜ!」
「それはそうでしょう、お休みの日の方がゆっくり出来るし楽しいに決まっています」
「えへへ……でもお仕事の時も、いつも知らない場所に行く時はわくわくしてるのぜな〜」
「なるほど……そういう考え方もあるのですね」
「やまちゃんはわくわくしないのぜ?」
「俺が道中に考えている事は、仕事で失敗しないかどうかの緊張で頭がいっぱいです」
「緊張はあたいにも少しあるかな……へへ……」
とにかく瀬名さんは、社会人にとっては親の顔よりも見た都会の景色に飽きる事無く、散歩を楽しんでいる。
……しかし東京は都会の割に、土地が狭すぎる。
瀬名さんの行動力であれば、二十三区もあっという間に制覇してしまう事だろう。
「……あたいの夢、決まったかもなのぜ!」
「……はい?」
「あたい……出来たらいつかこの日本中を旅してみたいのぜ……」
「おおお……」
「この間皆で行った伊豆の時みたいに、海とか山とか色んな場所に行ってみたいのぜ〜!」
「良いですね……!」
「……でも、あたい一人だけで行くのはつまんないだろうし、道にも迷っちゃうし〜」
「……?」
「出来たらー……誰かと一緒に行きたいかなーっ、なんて……」
「瀬名さん……」
儚げな目でビルの檻の向こう側に見える景色を眺めた後……瀬名さんはこちらをチラチラと見ながら照れ笑いをしている。
どうして俺を選んだのか……それ以前に、まだ瀬名さんの言う誰かが俺を指しているとも限らない。
ここで素直に応えるべきか……しかし俺にはかつての伊豆で結んだ、長内さんとの飲食店の仮の約束もある。
「……でもごめん、やっぱり嘘なのぜ」
「……えっ?」
今の瀬名さんの期待の眼差しと、長内さんの夢……そのどちらかを天秤にかけている最中、先に結論を出してきたのは瀬名さんの方であった。
「……」
彼女の方を見ると、いつの間にか都会の彼方では無く下を俯いていた。
「旅行をするには、きっとお金が沢山かかるのぜ」
「でも今のあたいには、生活費と……ちょっと遊びに使うお金を稼ぐだけで精一杯なのぜ」
「旅行をするだけのお金を貯めるとなると、きっとかなりの時間がかかるのぜ……」
「それでやまちゃんをお待たせしたりしたら、申し訳ないのぜな」
「瀬名さん……」
……あの俺達の中ではムードメーカー的な存在であった瀬名さんが、弱音を吐いている。
人は誰しも夢を諦める……その慣れの果てが、思い通りに行かずに、挑戦よりも安定を求めた東京の大人達だ。
瀬名さんに一体何があったのか……今まで元気と希望だけで新宿を生き抜いてきたと思っていた彼女は、いつの間にか現実という闇に蝕まれはじめていた。
……その闇を祓う為の、なら俺と一緒にお金を貯めて満を持して旅に出よう……という台詞を吐く資格は、今の俺には無い。
「……ごめんね急に変な事言って」
「いえ……ですが、その夢を見ているだけでも生きる希望になると思いますよ」
「そうなのぜ?」
「はい、辛い時には夢を見れば楽しくなります……楽しい事を考えていれば、仕事も捗ります」
「……」
「……夢は辛いから諦める事よりも、楽しむ為に忘れない事の方が大事だと、俺は思います」
「……あはは、やまちゃんありがとうなのぜ」
「いえ……」
「そう思えるだなんて、やまちゃん凄いのぜ!」
「凄くなんかないですよ」
「少し落ち着いたのぜ……ごめんね本当に」
「いえ……少し休みますか?」
「大丈夫なのぜ!」
急に元の声のトーンを取り戻した瀬名さん……名言ぽく単語を並べただけの言葉は、彼女に上手く響いてくれたのだろうか。
その実態は、何処と無く俺に心配をさせない為に、無理矢理ギアを上げたかのようにも見えた。
「……とにかく! 今はここら辺りのお散歩だけで充分なのぜ!」
「……そうですね」
「早く暗くなる前に、色んな所に行くのぜな〜っ!」
「瀬名さん……! それでは散歩ではなくランニングになってしまいます……!」
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「……うおっ、機関車があるのぜ!」
「電車は今までに散々見ていますが、機関車を見るのは初めてかもしれません」
「あたいもなのぜ!」
それから上野公園内のあらゆる道を通って、俺達はひとまず上野公園の一周を達成した。
「とりあえず上野公園はいいかな〜」
「ではお店の方に行ってみますか」
「うん!」
そして瀬名さんが行きたがっていた山城屋等の店を簡単に散策した後……
「……それじゃあそろそろ次の場所に行くのぜ!」
「ですね」
遂に上野から旅立つ時が来た……もう既に沢山歩いているような気もするが、ここまではいわば前座、ここからが本番という訳になる。
「どっちに行こうかな〜」
一旦駅に戻り、瀬名さんは一本道の左か右どちらに行くか悩んでいた。
「えっと……こちらの道は……」
「やまちゃんだめなのぜ! 調べたら面白く無くなっちゃうのぜ!」
「あっ、すみません……」
「道が分からない方が、冒険してるみたいで面白いのぜ〜」
「そうですね、失礼しました……それで、どちらに行きますか?」
「……やまちゃん! じゃんけんするのぜ!」
「えっ、えっ?」
「じゃーんけーん、ぽんっ!」
「……負けました」
「じゃああっちに行くのぜ!」
「は、はぁ……」
そうして瀬名さんに不意打ちをかけられるも、結果的に行先が決まり、上野公園の方の沢山の店が並んでいる道へ進む事にした。
「わわっ、マジで何処に行くか分かんないのぜ!」
「場合に寄っては沢山歩く事が出来そうですね」
「でも、迷子になっちゃったらどうしようなのぜ〜」
「この二十三区は色んな路線が張り巡らされているような場所なので……どこに行っても駅はありますし、最悪迷った時はそこから新宿に帰ればいいですよ」
「そうなのぜな!」
俺達とすれ違う人々は皆、駅に戻って電車へ何処かへと行くのだろう……俺達は徒歩で隣町へと向かおうとしている。
「そう言えばこれって電車賃の節約にもなるのぜな〜」
「なりますね、普段からも駅同士が近い時も、こうして歩いて行ったりするんですよね」
「あたいもなのぜ! でもお互いの駅から遠いような場所に行くのが、一番大変なのぜ!」
「分かります」
「えへへ……」
瀬名さんと二人きり……瀬名さんと俺は色々と似ている点があるからこそ、出来ない話がある。
ただ体を動かしているから楽しいのではない……瀬名さんとこうしてお話をしていても、俺は休日を過ごしているのだと実感する事が出来た。
「……瀬名さんって、普段はどのようなお仕事をされているのですか?」
「本当に色んなお仕事してるのぜ! 宅配のお仕事とか工場での仕分け作業とか、おーぷにんぐすたっふ……?ってやつもやったのぜ!」
「経験豊富ですね……」
「えへへ……とにかくお金が必要だから、求人のチラシを見て片っ端から応募してるだけなのぜ……」
「それだけマルチに活動をされているのなら、どんな企業にでも正社員として就職しやすそうですね」
「いやー正社員だなんて……学校にも行って無いのに、就職だなんて無理なのぜよ〜……」
ふと瀬名さんの視線が、俺達とすれ違おうとしていた、楽しそうに話している瀬名さんと同い歳ぐらいの女子高生三人組の方へと移る。
「……」
女子高生達は勉強の話をしており、ここが難しいだのここが面倒くさいだの、笑い話のように愚痴を零していた。
そして女子高生達が笑顔な分、瀬名さんの表情が徐々に曇っていく……
「……あたいも本当は、あの子達みたいに勉強しなきゃだよね」
「別に絶対学校に行かなきゃダメとは限りませんよ……それに高校は義務教育では無いので」
「学力なんか無くても、誰かの役に立てる力を身につけられれば、お仕事も出来て生きていけます」
「……そうなのぜ?」
「ええ……それに俺も、高校には行っていませんでしたし」
「ええっ!? そうだったのぜ!?」
「はい、なので数学や英語は全く分かりませんが……今の所それがお仕事に支障が出た事は無いので、大丈夫です」
「え〜、でもやまちゃんの普段の喋り方って、めっちゃ頭良さそうじゃない……?」
「言葉遣いだけは、ここに来てから鍛えられたからというか……話し方と頭の良さは関係無いですよ」
「なるほどなのぜ〜、学校行ってなかったのがあたいだけじゃ無かったなんて安心したのぜ〜」
「お金が無くて学校に行けない子供も、世界には沢山いると考えれば、瀬名さんだけが普通とは違うとは限りません」
「やまちゃん……えへへっ、今日はなんだかやまちゃんに元気づけて貰ってばかりなのぜ!」
「いえいえ、こちらこそ俺なんかの考えで喜んで頂けているようで幸いです」
「なんかなんかじゃ無いのぜよ〜」
かつてのゼストでの、飯田さんのテスト勉強会の時……一緒にテストの問題を解いていたが、己の学力不足に悩んでいたのは俺だけでは無かったのかもしれない。
瀬名さんの場合最終学歴はおろか、仮の中学生時代や小学生時代の時の彼女も何をしていたかは不明だが……今はそれを、俺から聞く時では無いだろう。
「てか本当にどこまで続いてるのか分からないのぜな〜」
「……しかし、何だかお店が増えてきましたよ」
「……ん? 何かアニメみたいな絵が沢山見えるのぜな?」
「瀬名さん……本当に目が良いですね」
「ゲーセンや電気屋さんも見えるのぜ!」
「それってまさか……」
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……歌舞伎町と同じく、様々な店が集中して建っている事で眺められる色とりどりの街並み。
しかしその場を歩いているのは、堅気では無さそうな物騒な者達では無い……だが一部の人は、大量のアニメのキャラクターのグッズを身にまとっていたりと、それはそれで異彩を放っている。
秋葉原……現実と二次元の境目にいるような感覚になるこの街、現実逃避を彷彿とさせる美少女系とやらに目を引かれる物に囲まれたこの街は、一応極道である俺にとっては縁もゆかりも無い場所だ。
「おお〜っ!」
歩行者天国が解放されている現在……瀬名さんは道の真ん中で、体をぐるぐると回しながらその不思議な街並みを眺めていた。
「アキバってのは聞いた事はあったけど、実際に来てみたのは初めてなのぜ〜!」
「新宿には無い物ばかりですね……どこか適当なお店でも入ってみますか?」
「うん!」
人によっては空気を重く感じたり、そういったコンテンツを批判したりする人もいるだろうが、瀬名さんはそんな事は無かった……むしろ興味津々な様子で秋葉の街を抜けていく。
「瀬名さんはアニメとかご存知なんですか?」
「勿論有名な物はある程度知ってるのぜ! でもこっから見える物は、どれも知らないのばかりなのぜな〜」
「……所謂深夜に放送されている物なのでしょうか」
「おっ、やまちゃん詳しいのぜな!」
「風の噂で聞いた程度ですよ」
ふと歩いている途中で、通行人達の視線が瀬名さんに集まっているような気がした。
瀬名さん自身、ピンク色の髪であると同時に口癖で"なのぜ"という言葉を話す。
俺も度々そうだが、皆瀬名さんの事をアニメから飛び出してきたキャラクターのような性格だと思っているのだろう。
なのぜ……アニメやマンガなどは観てもすぐに飽きてしまうとは言っていたが、その口癖はどこかの作品から影響されたものでは無いのか。
「……ここに行ってみたいのぜ!」
「はい、分かりました……ラジオ会館、ですか」
「ラジオが沢山売ってる場所なのぜか?」
見上げていると首が痛くなる程に背が高い建物……その中に同じ店舗が入っている店と言えば、歌舞伎町にはドンキホーテぐらいしか無い。
段差が急な階段を登り、俺達は二階へと上がっていく。
「うわー……」
……それぞれのアニメのコーナーには、一つのキャラクターだけでも、フィギュアや缶バッジ、キーホルダーなど沢山の物が存在する。
これらの物全てを集めようとなると、どれくらいの資金が必要になるのであろう……まぁ買う以前に斬江に即却下されるのであろうが。
そんな商品棚を掻い潜って行く内に……俺はある者を見つけた。
「……これ、瀬名さんにそっくりじゃないですか?」
「え? そうなのぜ?」
「はい……ピンク色のツインテールに八重歯とか、もろ瀬名さんですよ」
「え〜、なんか恥ずかしいのぜなーっ」
俺が手に取った、そのキャラのぬいぐるみは……その容姿をしているだけでは無く、犬の耳と首輪もついているデザインをしていた。
更には大きく口を開いて八重歯を見せている表情は、最早瀬名さんその物をデフォルメ化して、ぬいぐるみにしたような程の類似さであった。
「うん……見れば見る程そっくりです……」
「うー……恥ずかしいからもう見ちゃダメなのぜ!」
「……ほんとにそっくりなのよね〜」
……その時、店内の何処かから聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「凪奈子、知っているのか」
「そうよ、この子口癖も"なのさ"で話すし、性格まで何もかもひとみにそっくりなのよね」
「本当……ひとみちゃんに、そっくり……」
「因みにパンツは何色なのだ」
「あんたそんな事してるとひとみに殺されるわよ」
「……まおまお、えっちなのぜーっ!」
「……え?」
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「……それで、皆さんもいらしていたのですね」
「うむ、前にも言ったが凪奈子はオタクでな……我々もそれに付き合ってやっていたという訳だ」
「凪奈子ちゃん……本当に楽しそうだった……」
「皆で行くには、もっと他に楽しい場所があったと思うんだけど……皆で行先決めて、じゃんけんに負けたから仕方無く来たのよ」
「なるほど……」
「二人は……どうして秋葉原に……?」
「上野駅から歩いてきたのぜ!」
「そりゃまた結構歩いてきたわね〜」
その後、俺と瀬名さんは休憩がてら、皆と共に少し歩いた先にあったボコスで昼食の時間を取っていた。
「んまんま」
瀬名さんは余程お腹が空いていたのか、ハンバーグのセットに加えて唐揚げやフライドポテトといったメニューまで、頬を膨らませながら食べようとしていた。
「お前、そんなに食べたら運動した意味が無くなってしまうぞ」
「ダイエットとかしてる訳じゃないから大丈夫なのぜ〜」
「ひとみちゃん……ハムスターみたい……」
「本当に美味しそうに食べるわよね」
「……ちょっとお手洗いに行ってくるのぜ!」
「早速腹を壊したか」
「違うのぜよ〜」
それから瀬名さんは真緒さんを通路へと避けさせ、席から出るとそのままお手洗いの方へと向かって行った。
そんな瀬名さんを優しい表情で見守っていた女子達……
「……で、どうだったのひとみの様子は?」
「はい、瀬名さん凄い体力ありますよ」
「違うわよ、気持ちの方! 楽しそうだったかってこと」
「ああ、なるほど……」
そもそも俺と瀬名さんの二人きりで何処かに行くのを提案してきたのは飯田さん……それで瀬名さんの慰め役を押し付けられたような気もしたが、何だかんだ言って瀬名さんの事を心配していたようだ。
「楽しまれていましたよ……見る物全てを初めて見るかのように、目をキラキラとさせながら歩いていました」
「ふむ、歩いて本当は疲れていたりしたら、無口になるだろうしあんなに食欲も湧かないだろうしな」
そして心配をしていたのは、長内さんや真緒さんも一緒であった。
真緒さんは腕を組んで、コーヒーを飲みながらも……格好をつけているようで、安心をしているかのようにふっと微笑んでいた。
「やっぱりひとみちゃん……体を動かす方が好きなのね……」
一方で長内さんはそう言って、自分の読書の趣味を布教させる事が出来なかった事に対して、寂しそうな表情を浮かべていた。
「ドンマイ千夜。 自分が好きな物を、誰かにも好きになってもらうってのは難しいわよ」
「ううん……ひとみちゃんが喜んでくれているなら、それでいいわ……」
「バッティングセンターも良いと思ったのだがな」
「カラオケもそうだけど、やっぱ毎日行くとお金がかかる系のやつはひとみには向いてないわよ」
「まぁ偶に行くからこそ面白いだけであって、毎日行く必要は無いと思うがな」
「毎日行ったら行ったで……その内飽きちゃうと思う……」
瀬名さんに自らの趣味を紹介出来なかった事に関しては、結果的に別の物でも本人が楽しんでるなら良っかという事になった。
その布教を断ち切るきっかけを作ってしまった俺は、申し訳無いと思いつつも……仕方無く笑いながら楽しそうに話す彼女達に釣られて、俺も口元を緩ませるのであった。
「……あっ、それと今度この四人で話があるん
だけど、仁藤くんは来れる?」
「?……構いませんよ?」
「うむ……おっ、ひとみが帰ってきたぞ」
「ただいまなのぜ〜! お待たせしちゃってごめんなのぜ!」
「いいのよ……ご飯、もっとゆっくり食べても……」
「よく噛んで食べないと大きくなれないぞ……色んな意味でな」
「ちょっ、それどういう意味なのぜーっ!?」
「はい逮捕」
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