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……それから翌日、仕事終わり。
色んな所に出掛けながら働いている……そう瀬名さんと話し合っていた通り、今日も新宿区外から出て仕事をしていた。
それは瀬名さんも同じ……地図から見た東京二十三区は狭く感じても、実際に地に立ってみると広く感じる……今日も仕事中の瀬名さんと遭遇する事は無かった。
「……ふぅ」
今日も今日とて溜息をつきながら、歌舞伎町一番街のゲートを潜る。
いつもであれば仕事終わりは、直行であずま通りにある黒百合に向かうのだが……その日は飯田さんによって、今日とは違う別の場所に来いと指定されていたのだ。
「いらっしゃいませ〜、今なら全ドリンク半額セール実施中でーす」
ロイヤルメイデン……飯田さんがキャバ嬢として働いていて、我らが皇組が運営している、この歌舞伎町では有名なキャバレークラブだ。
今日も店の周りでは、客引き達がその宣伝文句を言いばら撒きながら、仕事帰りのサラリーマン達を呼び止めては、店の中へと引き摺り入れようとしていた。
……しかし一応皇組の人間であり、尚且つこの店では常連として知られている俺が、彼等の標的になる事は無い。
「……おお、仁藤さんいらっしゃい! 今日もナナコちゃんをご指名っすか?」
「はい、お疲れ様です」
そんな彼等に苦笑いをしながら会釈をしつつ、階段を昇り、いつもの重い扉を開ける。
「いらっしゃいませ、仁藤様。 ナナコちゃんをご指名で宜しかったですか?」
「あっ、えっと……」
客引きの人からも、受付の人からもそうだが……ここではもう、仁藤大和はナナコを指名するだろうと確定事項となってしまっている。
コンビニに来る常連客が、よく注文しているタバコを予め用意しておくかのように。
それもその筈、半年前に訪れてから俺はナナコさんしか指名をした事が無いからだ。
「ナナコさんの他にもお友達も一緒で……待ち合わせという事になっているのですが」
「はい、承っております。 皆さんはもうお席の方でお待ちですよ。 奥のお席までどうぞ」
「ありがとうございます」
そうして受付の人の許可を貰い、客席を通り抜けて既にいると言うナナコさんの元へと向かう。
「……おっ、来たか仁藤」
「こんばんは……仁藤くん……」
「はい、皆さんお疲れ様です」
「あっ、お待ちしてましたお客様ぁ♪ いらっしゃいませぇ♪」
「……飯田さんもこんばんは」
客席では既に真緒さんと長内さんが着席しており、飯田さんはこちらにナナコモードで挨拶をしながらも、飲み物をかき混ぜて二人に渡そうとしていた。
「すみません、お待たせしました皆さん」
「そんな事は無いぞ、私も千夜も先程来たばかりだしな」
「仁藤くんどうせシャーリーテンプルでしょ、頼んでおいてあげたわよ」
「あっ、ありがとうございます……長内さん、黒百合でのお仕事は?」
「今日は定休日よ……」
「ああ……なるほど」
ではどちらにせよ黒百合の方に行っても空いていなかったという訳か。
長内さんがロイヤルメイデンの店内にいる……彼女は店内の装飾を、物珍しそうにキョロキョロと見回していた。
「……そう言えば千夜は、ここに来るのは初めてであったな」
「うん……キラキラしてて、何だかお城みたい……」
「ふふっ、ひとみがここに初めて来た時もそう言ってたわよ」
「あと……凪奈子ちゃんは、お姫様……」
「こんなドレス着れば、誰だってお姫様になれるわよ」
「裏表が激しいアイドルの間違いだろ」
「まぁ否定はしないわよ」
今回ここに集まったのは、瀬名さんを抜きにした四人だけで話をする為。
しかし本題には入らず、まずは長内さんのロイヤルメイデンに対しての感想など、雑談から会話を拡げていく。
「……しかし、何故また急にこの場所に?」
「外にいるキャッチの人達も言ってたでしょ、今日はドリンク全品半額セールなの、折角だから皆に来てもらおうと思ってね」
「黒百合より安い……」
「ふむ、つまり私達はまんまと客として利用されたという事だな」
「いや言い方よ。 私の仕事が終わるまで待つくらいなら、ここでお話してく方がいいじゃない?」
「お仕事の方は大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、一応今もあんた達に接客してるって事になってるし……千夜お水いる?」
「うん……ありがとう……」
いつもは長内さんのいる黒百合で集まっていた俺達……それを見て、飯田さんも自分が働いている所で皆を招きたいと、憧れていたりでもしていたのだろうか。
「……それで、お話と言うのは」
「……うむ。 仁藤よ、十一月三日は何の日だか知っているか?」
「十一月三日……文化の日ですか?」
「そうでもあるけど、今回の話にそれは関係無いの」
「十一月三日は……ひとみちゃんの、お誕生日の日らしいわ……」
「!……そうだったのですか」
十一月三日……現在は十月の中旬であるが、九月の長内さんの十九歳の誕生日から時が経ち、今度は瀬名さんが祝福を受けようとしていた。
「……では今回俺をお呼びしたのは」
「ふむ、つまりはそういう事だ。私達四人で、何かあいつを喜ばせる事が出来る物で催してやろうと思ってな」
「最近のひとみ元気無かったし、あの子を元気づけさせる為にも、何かパーッと出来たら良いなって」
「ひとみちゃん……そういうサプライズとか、好きそうだから……」
「なるほど……」
「サプライズって言っても、プレゼントとか、何処か連れてくとか、色々な手段があるけど……仁藤くんだったら何がいい?」
「そうですね……」
急に飯田さんに仕掛けられた質問を考えながら、シャーリーテンプルを一口……
……確かに瀬名さんならどのような待遇をされても、嫌がる事なく喜んでくれそうだ。 ならばその贈り物が、本人にとってどれくらい役に立つ物であるかが重要になってくる筈。
俺はその事を混じえながら、三人にここはシンプルにプレゼントをあげる祝い方でどうかを提案した。
「それは当然だ。 ネカフェに住んでいると不便な事だらけであろうし……その弱点を上手く補える物を渡せると良いな」
「やっぱり枕とかじゃないかしら。 ネカフェとかって狭くて寝にくそうだし、枕変えるだけでもぐっすり眠れるかも」
「ヘッドホンでもいいかもしれんぞ。 パソコンがあるのであれば、そこから音楽などを聞けば周りの騒音を気にする事無く過ごせるだろう」
「お風呂セット……?」
"だろう'や"かもしれない"など、瀬名さん本人はどう思っているかも分からないのに、憶測だけで瀬名さんのプレゼント案が出されていく……。
「うむ……そもそもひとみの泊まっている部屋の構造が分からなければ、ひとみが何に対して困っているかも分からないな」
「……それね」
「でもそれを……ひとみちゃんに聞いたら、サプライズでは無くなってしまうわ……」
「うーん……」
折角話が進んだのに、再び振り出しに戻り、難しい表情を浮かべる三人……
そうまでして瀬名さんを喜ばせたいという、彼女達による瀬名さんに対しての愛情を感じた。
「……皆さん、そんなに瀬名さんの事がお好きなのですね」
「好きっていうか……あの子は私が疲れてるような時でも、ずっと元気な顔して励ましてくれたから……今度は私の方からって感じよね」
「私も同じような物だ。 放っておけない存在というか、ひとみはいつでも私達の中で一番元気であって欲しいからな」
「ひとみちゃん、よく私の事をハグしてきてくれてたから……今度は私がハグをしてあげるの……」
「なるほど、そういう集いでしたか」
確かに今まで黒百合を訪れた際には、仕事終わりの真緒さんや飯田さんは疲れていそうな顔をしていても……瀬名さんだけは八重歯を見せて、疲れを感じさせないようなフレッシュな笑顔で居続けていた。
その笑顔に元気付けられていたのは、俺も含まれている……確かに今度は俺の方から、瀬名さんを元気付ける番なのかもしれない。
「……しかし、何に対して瀬名さんが喜ぶのか不明ですね」
「それをさっきから考えてるんでしょうが、あんたも私達の顔伺う暇があるんなら考えなさいよ」
「すみません……」
「でもひとみちゃん……本当にどんなお部屋に、住んでいるのかしら……」
「……分からないのであれば、直接確かめに行けば良いではないか」
「……えっ?」
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……その後、飯田さんの仕事の終了後。
俺達は歌舞伎町一番街の通りに出て、瀬名さんが暮らしているのだというインターネット喫茶を探していた。
「……ここなのでしょうか」
「ここが……ひとみちゃんのお家……」
四階建てのビルに紛れて、二階建てに店舗を構えていたネット喫茶……サラリーマンが終電を逃した際の切り札であるその場所は、この歌舞伎町だけでなく、新宿区の各地に存在する。
「しかし、ここでいつもひとみが寝泊まりをしているという確証はあるのか?」
「大丈夫よ。 ひとみがこのお店出入りしてるの、何回も見てるし」
そう言いながら飯田さんは、そのビルの麓の壁に貼り付けられていたネット喫茶の料金表を見ていた。
「個室で半日千九百円か……カラオケで泊まるよりは安いわね」
「しかし毎日泊まるとなると、使う金もバカにならなくなってくるだろうな」
「千九百掛ける七……ひとみちゃん、一週間に一万四千円ぐらい使っている事になるわ……」
「一ヶ月で五万円は越えますね……食事代やそれ以外のお金を合わせれば、道理でアルバイトを掛け持ちしなければ生活が出来なくなる訳です」
「とりあえずお金の事を考えるのは後よ……大体三十分もいないだろうし、とっとと調査して帰りましょ」
三十分だけ利用をした場合、料金は二百円で済むらしい……皆その安さに納得して入店するのを了承後、飯田さんを先頭にエレベーターに入って二階を目指していく……
「……そもそもひとみは、普段から個室で過ごしているのか?」
「そこまでは分かんないけど、ひとみは女の子だし……一応は安全な場所で寝てるんじゃない?」
「個室じゃないとどうなるの……?」
「場合によっちゃ鍵が掛けれないし、天井と壁が繋がってなくて、上から覗き放題って事よ」
「えっ、やだ……」
「鍵が掛けれないトイレのような物だな」
「しかし、それはそれで女性しか入ってはいけないスペースもあると思いますよ」
「そしたら仁藤くん入れなくない?」
「それは……」
「いらっしゃいませ」
それから話が曖昧なまま、俺達は店内へと入った。
本来なら皆でワイワイ来るような場所では無いのだろう、受付にいた店員は一気に四人入店してきた様子に目を丸くしていた。
「……一人一つずつのお部屋のご利用で宜しかったですか?」
「あぁいえ、個室にまとめてでお願いします」
「ご利用時間はどうなさいますか?」
「……三十分でお願いします」
「畏まりました、三十分を過ぎるとそこから延長料金が発生致しますので、ご了承ください」
「……ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
そうして後ろで皆に見守られながら、飯田さんは慣れない様子で店員とやり取りをした後に鍵を貰い、俺達は指定された部屋へと向かった。
「……あの受付の人、うちの店によく来る人だったわ」
「流石にロイヤルメイデンから近いだけありますね」
「四階は個室の部屋のエリアだそうだが、三階は半個室のエリアらしいぞ」
「一応……そっちの方も、見ておいた方がいいかも……」
「そうね、行ってみましょ」
今度は階段を昇って三階へと上がっていく……
……着いた先ではマウスのクリック音や鼾、暖房の音だけが聞こえてくる、壁の中に人の気配がする半個室が並ぶ静かな空間が広がっていた。
「……ここから先は静かに会話をするぞ」
「ほんとだ……天井と壁が繋がっていないわ……」
「でしょ? こんなところで女の子が寝たら、物を盗まれるだけじゃ済まない事されるわよ」
「怖い……」
「……ですが、一応お部屋の方は見ておきましょう」
半個室の扉を挟む廊下を、物音を立てないように慎重に進みながら……扉の下からはみ出ていた靴から、中に人がいるかどうかを確認する。
……すると先頭にいた真緒さんは、空いている部屋を見つけたのかその場で立ち止まった。
「ふむ、ここで良いだろう」
「勝手に入って……大丈夫かしら……」
「大丈夫よ、チラッと見ていくだけだから。 五分もかからないわ」
そしてゆっくりと扉を開けて、その部屋の中を確認する。
人が一人座れるかぐらいの空間……後ろに寝転がる事は出来るが足を伸ばす事は出来ず、パソコンが置かれたテーブルの下にある隙間に足を入れる事が出来る仕組みとなっている。
「……やっぱり狭いわね」
「一人用ですから」
「ふむ……シーツが固いな。 これでは朝起きる時に背中の痛さで目を覚ます事になるぞ」
「あと……毛布も無い……」
「毛布は無いけどブランケットならあるみたいね……でもそれ一枚だけで寝るとなると絶対寒いわよ」
「女性用のスペースも、同じような部屋の構造なのでしょうか」
「そちらの方もさらっと見てくるか……すぐに戻ってくるから、仁藤は適当に時間を潰しておいてくれ」
「あぁ、はい」
それから女子三人は、俺を置いて女性専用スペースと書かれた扉の奥へと進んで行った……。
そしてドリンクバーにあるメニューや、各所の壁に貼り付けられている広告を眺めていると……
「……ふむ、やはり同じ内装だったぞ」
「あっ、おかえりなさい」
「ひとみちゃん……いなかった……」
「まだお仕事中なのかもね」
「……そういえば瀬名さん、お仕事終わったら黒百合に向かってしまうのではないですか?」
「大丈夫……明日はお休みって、昨日ひとみちゃんに言っておいたから……真っ直ぐここに帰ってくると思う……」
「でも向こうは向こうで安全とは言い切れないわ」
「うむ、女しかいないとは言えど、盗難のリスクが変わった訳ではあるまい……それを考慮した上で、やはりひとみの部屋は上にあるのか」
「行ってみましょう」
そうして真緒さん達と合流した後、今度は四階へと上がっていく……
そこは個室しかない、最早ホテルの廊下になっているような空間……先程の鼾など、室内の環境音は全て遮断され、唯一聞こえる暖房の音が誰もいない寂しさを演出している。
「この部屋のどこかに……ひとみちゃんが……」
「ドアに表札とかあれば分かりやすいんだけどね」
「ひとまず私達の部屋に行ってみよう」
「四〇四号室ですね」
そうして鍵に書かれてある番号の部屋へと向かう……
そして部屋の内装は、靴を脱ぐ玄関のようなスペースがあり、そこから上がると部屋全体がベッドのようになっている物であった。
「……うん、個室でもやっぱり狭いわね」
「まぁこちらも一人用ですから」
「しかしこちらの方だと、足を伸ばして横になって寝れるようになったな」
「クッションもある……」
「何より鍵がついているのがいいな」
「エアコンまであるけど……でもやっぱり毛布が無いってのはちょっとね」
「暖房をつけたまま寝るのも……寝てる途中に汗をかいてしまうわ……」
「ふむ……」
それから部屋の隅々まで見て、完全個室の影に隠れた弱点を探し出していく俺達……
そこから瀬名さんに与えるべき、プレゼントのシルエットを見出していく……
「んー……とりあえず、今の所は毛布だけで良さそうね」
「毛布じゃなくても……寝袋とかでも、良さそう……」
「防寒性能は上がりますが、一々出るのが大変そうですね……」
「しかしひとみに寝袋か……ふむ、意外と似合っているかもしれないぞ」
「ほんと、みの虫みたいなってる姿が想像しやすいのはどうしてかしら」
「バカにしてません?」
「音の方は、心配なさそう……?」
「そうだな、扉を閉めれば密閉状態になるだろうし、カップルで来ればあんな事やこんな事が出来そうだ」
「ちょっ、どういう意味よそれ」
「受付にいた男からも仁藤に対して、これから三人も女を個室に連れ込んでおっぱじめるのかと思われていたかもしれんぞ」
「んっ、仁藤くんのえっち……」
「いや俺は思っていませんからね……?」
「……ふんふふーんっ♪、あれ皆!?」
突如として飛んできた声に体をギクッと反応させて、後ろの方へと恐る恐る振り向く……
そこでは首にタオルを掛けながら、髪を下ろした瀬名さんが目をキラキラとさせながら立っていた。
「あっ、あらひとみこんばんは〜、その様子だとさっきまでシャワーを浴びに行ってたみたいね!」
「そうなのぜ! なんで皆はここにいるのぜ?」
「う、うむ……今までネットカフェには行った事が無かったのでな、どういう場所であるのか以前から興味があったのだ」
「ただの通りすがりよ……」
想定外の瀬名さんの登場により、皆苦し紛れの言い訳で、どのようなプレゼントを瀬名さんにあげようか考える為に来たという事を、本人に悟らせないようにする。
「もしかして……」
「……!」
「……皆、あたいに会いに来てくれたのぜーっ!?」
「……えっ?」
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「……ほう、ここがひとみの部屋なのか」
「狭いけど、どうぞ上がってなのぜ!」
「お邪魔しま〜す」
「綺麗……しっかりと片付いているわ……」
「えへへ……と言っても散らかすような物が何も無いのぜ!」
「仁藤くんは、どうしてそこにいるの……?」
「……あっ、いえ、一応は女性のお部屋なので」
「大丈夫なのぜ! やまちゃんもおいでなのぜよ〜」
「あっ……失礼します」
「今飲み物を持ってくるから待ってて欲しいのぜ!」
「ありがとう、頂くわ」
……それから瀬名さんは俺達を自身の部屋に招き入れると、招いた側として相応の振る舞いをする為に、ドリンクバーへと向かって行った。
「ひとみちゃん……私達が来た事、凄い嬉しそうだった……」
「そうねぇ、まるで本当の自分の家に招き入れてる感じだったわね」
「こんなパソコンしか無い空間に一人でいても……寂しくなってしまうのは当然の筈だ」
「瀬名さん……」
俺達が来た事に対して喜ぶ瀬名さんの笑顔を見て、こちらも微笑ましく思いつつも……人は誰しも家を持っているという、当たり前の事が叶えられていない瀬名さんを切なくも想う。
「……皆お待たせなのぜ〜、どんな飲み物が良いか聞くの忘れちゃったけど、コーラで良かったのぜ?」
「ああ大丈夫よ、ありがとう」
「頂こう」
暫くして、コーラ五人分をトレイに乗せて持ってきた瀬名さん……。
彼女から飲み物を受け取った後、俺と長内さんは一旦部屋から出る事で、瀬名さんを中に入れた。
「それじゃあ乾杯なのぜ!」
「「かんぱ〜い」」
「えへへ……やっぱり五人で入っちゃうと狭いのぜな……」
「仕方ないわよ、元々一人用なんだし」
「ひとみちゃん……今日はどんなお仕事を、していたの……?」
「今日は工場で色んな物にシールを貼り付ける、作業系のお仕事だったのぜ!」
「……ああ、あのすぐ飽きるやつですね」
「実はそうなのぜ……でも、お仕事させて貰えるだけでありがたいし、そこはガマンなのぜ!」
「ふむ……」
シャワーを浴びてから気分がリセットされたのか、今の瀬名さんは仕事明けにも関わらずニコニコとしている。
本当に俺達が来た事に対して喜んでいるのか、無理して笑っている様子も見られない。
「……随分と性能の良さそうなパソコンだが、部屋にいる間はこれを弄ったりしているのか?」
「そうなのぜ! ユーチューブで音楽を聴いたりしてるのぜ! あとは、ニュースを見たりするぐらいかなぁ」
「あら、一応それらしい使い方はしてるのね」
「ひとみちゃん、偉いわ……」
「えへへっ、だから最近の世の中の事はよく知ってるつもりなのぜ……あとは最近、旅行に行く動画も見たりしてるのぜ!」
「旅行、ですか……」
「うん! 色んな場所に行って色んな温泉に入ってる人なんだけど……その人の動画を見てると、本当に旅行に行ったような気分になれるのぜ!」
「なるほど……」
「それ全部出来るのをちっちゃくしたのが、皆が持ってるすまほって奴なのぜな?」
「そういう事になるわね」
「いいな〜、あたいも欲しいのぜ……」
瀬名さんとの会話の中で、さり気なく彼女に与えるプレゼントのヒントを得ながらも……散歩が旅行として、彼女の私生活に影響をし始めている事にも驚かされる。
「ここら辺りで有名な温泉といえば……箱根が一番近いのか?」
「箱根……飯田さんがお住いの場所と同じ、神奈川県にある所ですね」
「そうね、と言っても今まで一回も行った事無いけど」
「なら今度、皆で行ってみる……?」
「うーん、でも意外と遠そうじゃないのぜ?」
「我々が夏に行った伊豆よりは、全然近い場所にあるぞ」
「おっ? そうなのぜ? なら今度のお休みの日にでも行ってみたいのぜな〜」
それから新宿から箱根の電車賃などを調べていき、三十分はあっという間に過ぎて、結局俺達は一時間滞在する事になってしまった。
利用料金は倍になってしまったが、俺達と楽しそうに話している瀬名さんを見ていると、そのような細かい事などどうでも良く思えたのであった。
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……時刻は二十三時、飯田さんが神奈川県へと帰る時間になった。
それに合わせて、俺達もそれぞれの場所へと帰る為にネットカフェを後にする。
「今日はありがとうなのぜ!」
俺達が帰るのを、外まで見送りに来てくれた瀬名さん……その表情は相変わらず笑顔であったが、どこか寂しそうであった。
その自分自身の我儘を堪えている瀬名さんを見て、真緒さん達は彼女の頭を撫でた。
「んっ……どうしたのぜ?」
「……お前はこの中で一番の歳下なのだからな、困った時はいつでも私を頼るがいい」
「私がロイヤルメイデンにいる時にでも、寂しかったらいつでもお店に来ていいからね」
「黒百合にも、いつでもおいで……」
「皆……えへへっ、ありがとうなのぜ!」
そうして最後まで笑顔で居続けた瀬名さんに、こちらも笑い返しながらその場を後にした。
瀬名さんは俺達が一番街のゲートを潜るまで、大きく手を振りながら俺達の事を見送り続けていたのだった。
「……プレゼントとの候補として、寝袋以外に箱根までの旅行券も増えたな」
「どれをあげれば、喜ぶんだろう……」
「何はともあれ、どんなプレゼントをあげたらいいか分かっただけでも、充分な成果よ」
「……」
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