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「……じゃあ明日、免許を取りに行ってくるのぜ!」
昨日の夜……黒百合にて瀬名さんは、満を持して俺達の前でそう宣言をし、今では試験場のある江東区へと旅立っている頃であろう。
「ひとみちゃん……合格出来るかな……」
「大丈夫でしょ、本人もあんなに張り切ってたんだし、大学の中間テストなんかよりは全然簡単だから、一発で合格出来るわよ」
「そもそも出される問題の殆どが、ただ引っ掛けを混ぜた、誰にでも溶けるような常識問題だからな」
「普段から勉強とは縁がない、俺でも合格する事が出来たのです……それに俺よりも瀬名さんの方が沢山お勉強をされていたご様子でしたし、その分合格は確実ですよ」
「とにかく無駄な期待を抱き続けていても、ひとみがプレッシャーを感じてしまうだけだ……今はただ、純粋にあいつの事を信じてやろう」
「ひとみが受かっても落ちても……私達はジョルノを添えて、笑顔でひとみを迎えてやろう」
「そうね」
……一方、俺達は瀬名さんが試験を受けている隙に、再び下落合駅にあるバイク屋に向かい、瀬名さんも気に入っていたジョルノを購入してしまおうとしていた。
「でも住民票、発行出来たのは良かったかもしれないけど……よくその人、ひとみに住所を貸してあげたじゃない」
「はい……皇組の、うちの組長が貸して差し上げたのです」
「住所を貸してあげるのって……しても大丈夫なの……?」
「貸す事自体は大丈夫さ……そこからトラブルが起きなければな」
「……増してや極道の組長ともなれば、住所を貸すなんて事は、誰かを騙すのによく使う手口だとは思うが」
「!……あんた、まさかひとみを……!」
「いえ、本当に一方的に差し上げただけです……俺もその場にいましたが、瀬名さんを脅すような事はしていませんでした」
……あの時、確かに俺は、斬江が瀬名さんに住所を貸そうとしていた所を目撃していた。
しかし貸す代わりに、その代償を特に課す事も無く、斬江は嫌がる瀬名さんに無理矢理住所を貸して……
瀬名さんの方は、斬江から住所貸しの他にも様々な待遇を受けた後……最後までただのお客さんとして、申し訳なさそうな表情で朝起きて仕事場へと向かって行った……。
結局、無邪気な反面に控え目な瀬名さんを可愛がりたかったのか、利用したかったのか、その真相は今でも分からない……。
……しかし昨日何も話さなかったからと言って、後日請求をする可能性もある訳だから油断は出来ない。
「ふーん……本当かしらね〜」
「私も敵組の身内であるにも関わらず、姐さんからは色々と良くして貰ってはいるからな……そこら辺の詐欺師よりは、余程信用出来る人だとは思うがな」
「そうなの?」
「その人って……誰の事……?」
「長内さんも一度、夏にブルヘッドさんとご一緒に家の事務所に来てお会いしている筈ですよ」
「ああ……あの優しそうなお姉さん……」
「……とにかく、今はジョルノを手に入れる事が先決だな」
「そうですね」
……それから俺達は下落合駅に到着。
斬江の事とは別に……見つけた時から一週間程放置していたジョルノが、未だに誰の手にも渡らず売れ残ってくれているかどうかの不安が生まれる。
「いらっしゃいませー」
相も変わらず排気量の分だけゼロの数が多い、中型や大型と言ったバイク達……しかし今回はそれらに構う事無く、真っ先に原付が並べられている二階を目指す。
一段でも早く上へ……そうして先頭にいた真緒さんは階段を一番飛ばししながら最初に二階へと辿り着き、一週間経過した在庫の状況を目の当たりにした。
「……あったな」
「……あったわね」
「あった……」
続いて飯田さん、長内さんと俺も二階の床に足をつける。
そのジョルノは瀬名さんの髪色のように桜色なので、遠くから眺めてもよく目立つ。
その花は、他の白や黒、グレーなどのモノクロ色の物に紛れて……一週間経っても尚、散る事無く隅っこで咲き続けていた。
「……よし、もう逃がさんぞ」
それから真緒さんはそのバイクの元に行き、その言葉通りにハンドルを握って、売れ残っていた感動を俺達と共に実感していた。
「よく生きてたわねぇ、こんな安くて可愛いバイク、ここら辺に住んでる女の子達は見逃さないと思うけど」
「もしかしたら東京の女子達は……原付で何処か遠くに行くよりかは、都心内のお出かけで満足をしている者達が殆どなのかもしれないな」
「やはり徒歩や電車で移動をする方が楽ですか……」
「でも……そういう人達のおかげで、ひとみちゃんがこのバイクに乗れるわ……」
「そうね、この子もひとみみたいに本当にバイクの事に興味がある子に乗られたいと思ってる筈よ」
優しくシートを撫でて、バイクの事をまるで生き物のように扱う飯田さん……
本当に生きている訳が無いバイクに、表情がある筈も無い……しかしそのジョルノは飯田さんに撫でられて、心無しか顔のように見えるライトの部分が笑っているかのようにも見えた。
「ではとっとと買ってしまうとしよう」
「お支払いの方はどうしましょう? どなたか一人にお金を渡してそこからお買い求め頂くというのは?」
「では私が金を貰うとしよう、後は私がカードで払っておく」
「真緒ちゃん……何だかお金持ち……」
「そのまま現金で払えばいいのに……ただカッコつけたいだけでしょあんた」
「しっかりと元金があるのだからこそ、折角高い物を買うのであれば、カードで支払った方が格好がつくであろう?……それにカードを作ったのはいい物の、こういう場面以外では一切使わんからな」
「いざという時に使うから便利なのであって、クレジットカードは現金よりも頻繁に使う物では無いですよ」
それから俺達は店員に話し掛けてジョルノ購入の手続きをして貰い、支払いの際に真緒さんは透かさずクレジットカードを差し出してきた。
「一括でお願いします」
自信満々の笑みで目をキラキラとさせながら、その台詞を店員に向かって口にした真緒さんを見て、飯田さんは苦笑いを浮かべながらも……手続きは順調に進んで行く。
しかしバイクを購入する際には、本体以外にも色々とオプションを購入しなければならない。
自動車損害賠償保障法……通称自賠責と呼ばれる、バイクに乗るからには絶対に入っておかなければいけない保険、整備代など……それだけでも合計金額が本体価格よりも一万……二万円と増えていく。
「皆さんで出し合っても……とうとう一人二万円まで到達してしまいましたね」
……しかしそれでも、俺達がジョルノを買う意志は揺らがなかった。
「ひとみの安全を守る為であるならば、たかが二万円ぐらい大した事は無いさ」
「どんなに高くても……ひとみちゃんの命には代えられない……」
「自賠責の更新だけは、後々ひとみに払って貰う事になっちゃうけど……月払いとかじゃないし、あの子が困る事は無さそうよね」
……手続きの流れの中で、俺達は店員にこのジョルノは人に贈る物だという事も伝えた。
そして喜んでくれるかどうかを店員さんも祈ってくれて……整備やら慣らし運転やらで、納車予定日は二週間後という事となった。
「……これであとは、ひとみの合格発表を待つばかりだな」
「もう学科試験とか終わったかしらね〜」
「ひとみちゃん……受かってるといいな……」
「折角なら瀬名さんが免許センターから出てきたタイミングで、合格おめでとうという事でバイクをプレゼントしたかったですよね」
「そしたら……すぐに乗れちゃうわ……」
「その前にヘルメットを買わなきゃダメよ」
「あっ、そうだったわ……」
「……とにかくこの二週間は、何とかひとみにジョルノの事を悟られんようにな」
「勿論です」
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……それから二週間後。
購入したジョルノは車検などの様々な仕込みをされた上で……無事に真緒さんのアパートの前まで届いてきた。
「……ふむ、相変わらず綺麗なボディだ」
「部品も色々と新品に変えて頂けたそうですし、より一層に綺麗に見えますね」
ビルを越えて天高くまで登った太陽の光が、ジョルノをまるで新車のように輝かせている。
……そして今日は、いよいよそのジョルノを瀬名さんに手渡す当日だ。
飯田さんと長内さんが、もうすぐ瀬名さんを連れてここにやってくる……今はその間に、俺と真緒さんでジョルノ贈与の打ち合わせをしていた所だ。
「……瀬名さん、喜んでくれるでしょうか」
「愚問だな、あのひとみなら喜ぶに決まっているであろう……しかしジョルノを私達で買い取った後に、ひとみがまたあの店に来て売り切れだと思われた話は想定外だったな」
「……そうですね。 よく考えてみれば原付の免許に合格した後に、改めて自分が欲しいバイクを見に行くのは当たり前の事でした」
……そう、なので瀬名さんが原付免許に合格したのはいいのだが、その事を報告しに瀬名さんが黒百合に戻ってきた時には、喜ぶどころか元気が無かった。
実は俺達で買って、納車後すぐに瀬名さんにプレゼントをしようとしていた……力無く両腕をさげる瀬名さんを励ます為にそのネタばらしをしたかったのだが、それさえも我慢して今俺達は瀬名さんにジョルノを贈ろうとしている。
「……おっ、もうすぐ着くようだぞ。隠せ隠せ」
「は、はい……」
それから飯田さんから真緒さんにラインで連絡が入り、それを確認した後で俺はジョルノをアパートの裏に隠してきた。
「お待たせ〜二人とも〜」
「こんにちは……」
「待った?」
「いえ、今来た所ですよ」
「私は元より家の中で寛いでいればいいので待つつもりも無かったのだがな」
「あんたには聞いてないわよ」
そして飯田さんと長内さんも俺達の元にやってくる。
表面上……いつも通り何処か遊びに行く為に、今回は真緒さんの家で待ち合わせをしたという設定になっている。
「……」
……そしてやはり瀬名さんの元気が無い。
ここは俺達の中で開口一番に挨拶をしてきそうな彼女なのだが……元気が無いのか何か考え事をしているのか、切なそうな顔をして地面を見つめていた。
いつもは黒百合前で集合をしていた俺達……とにかく今は、なぜ今日に限って真緒さんの家の前に集合する事になったのか等、特に怪しいとは思われていなさそうであった。
(……もうあげちゃいましょ、これ以上伸ばしてもひとみが苦しいだけだわ)
(……そうだな)
瀬名さんの笑顔を引き出す為に、早速作戦が実行されようとする。
俺達は互いでアイコンタクトを取り合うと、最初に飯田さんは作戦開始を意味するかのように、瀬名さんの背中を撫でた。
「……まずはひとみ、改めて原付免許の合格おめでとう!」
「一発で合格が出来てよかったな」
「……えっ? あぁ! うん、ありがとなのぜ!」
唐突に話題を変えて、瀬名さんの頭や背中を撫でたりして、彼女の努力を讃える飯田さんと真緒さん。
彼女達に体を触れられて……瀬名さんは声を漏らすと、思い出したかのようにテンションを再発進させた。
「学科試験の問題は……やっぱり難しかった……?」
「ううん! ちゃんと勉強したところが問題に出てきて良かったのぜ!」
「確か全問正解をされたのでしたよね、瀬名さん凄いです」
「いやいや、運が良かっただけなのぜ〜」
「そんな事無いわよ、私はギリギリで何とか合格したんだから……まぁそん時はマジメに勉強してなかったら当然なんだけど、それに比べてしっかり勉強して、実力で満点を取るなんて本当に凄いと思うわ」
「えへへっ……逆にしっかり勉強してなかったら、あたいの場合は合格出来るかも分からなかったし……」
「……それもこれも、あのピンクのバイクに乗りたいって気持ちがあったから頑張ってこれたのぜ」
「瀬名さん……」
瀬名さんを元気づける為に、なるべくジョルノの話はしないようにする。
瀬名さんもいつまでも沈黙している訳にはいかないと、無理矢理元気を入れているかのように見えた……
しかしやはりジョルノ売約済というショックが足枷となっており……今の彼女は心から笑っているというよりかは、俺達を萎えさせない為の気遣いを感じさせる笑顔であった。
「……と、そんなお前に私達からプレゼントがあるんだな」
「えっ……ええっ!?」
すると真緒さんは瀬名さんの背後に周り、両手を後ろから回して瀬名さんの両目を隠した。
「プレゼントって……何にも見えないのぜなっ!?」
「何、用意をするのに少し時間がかかってしまうのでな、暫くの辛抱だ」
そう言うと真緒さんは俺の方を向き、頷いてジョルノ召喚の合図を出してきた。
飯田さんと長内さんが何の事だと不思議そうな表情で見つめ合っている内に、俺はアパートの後ろに隠しておいたジョルノを押してきた。
あまり物音を立ててバイクだと瀬名さんにバレないよう、慎重に彼女の元に押してスタンドを立てる。
……瀬名さんがこれから驚くであろうその前に、飯田さんがそんな所に隠していたのかと驚いた顔をしていた。
「では用意が出来たから見せてやろう、三……二……」
「えっ!? ちょ、ちょっとまだ心の準備が……」
「一……ご対面だ」
そして真緒さんは瀬名さんから両手を離して……彼女は光を取り戻して、目の前にある物を視認しようとする。
「えっ……えええええええっ!?」
「うむ、予想通りのリアクションであったな」
それがジョルノだと分かるや否や、腰を曲げて
元気が無かった時よりも倍以上に目を見開く瀬名さん。
それを見て、驚いてくれると信じつつも若干は彼女を心配をしていた俺達も、釣られて口元が緩んでしまう。
「ふふっ、間違いなく今日一で声が出てたわよ」
「ひとみちゃん……お口が開いたままよ……」
「な、なんで……お店に行った時は確かに売り切れてたのに……」
「すみません……実はこのジョルノを買っていたのは俺達だったのです」
「えっ!? やまちゃん達もこのバイクが欲しかったって事なのぜ……?」
「話の流れ的にそんな訳ないでしょ……あんたにあげる為よ」
「えっ……」
新事実を聞く度に、驚いて一歩ずつ後ろへ下がっていく瀬名さん……
それを受け止めるべく、真緒さんは瀬名さんの両肩にそっと手を置いた。
「本当はあの時黒百合に帰ってきた時にその真実を伝えたかったのだが、それではサプライズにならないであろう?」
「騙すつもりは無かったの……内緒にしていて、ごめんね……」
「いや、それは全然大丈夫なのぜ……でもなんで、急にプレゼントだなんて……」
「ほら、ひとみもうすぐお誕生日なんでしょ?
それで前からひとみに何かプレゼントしようか、私達で話し合ってたのよ」
「そんな時に丁度いい場面で見つけたのが……このバイクだったという訳です」
「でも……高かったんじゃ……」
「たかが五万円程度、私達四人で出し合えば大した額にならないさ」
「お店でひとみがこのバイクを欲しそうに見てた時は、もうこれをあげるしかないって確信したわよね」
そんな飯田さんの言葉に俺達は頷きながらも、俺はジョルノから鍵を抜いて瀬名さんに近づいた。
「……とにかく、色々とお待たせしてしまって申し訳ありません」
「やまちゃん……?」
「十一月三日はもう過ぎてしまいましたが……お誕生日が過ぎてしまった分、これから色々な場所に出掛けましょう」
「このジョルノは……もう貴方の物です」
「あっ……」
そうして瀬名さんの手を取り……彼女の手を開いて、鍵を乗せた後に再度握らせて、俺は確実に彼女に鍵を手渡した。
「……」
今度は瀬名さん自ら手を開いて、その鍵をじっと見つめている……
「ふっ、あまりの驚きに言葉も出ないようだな」
……すると、瀬名さんの手のひらに一滴の雫がこぼれ落ちた。
「うっ、うぅ……うう〜……」
「……ちょっ、仁藤くんなに泣かしてんのよ!?」
「えっ、俺ですか!?」
「ふぇぇぇっ……」
「大丈夫……?」
「大丈夫、なのぜ……嬉しいだけだから……」
「でも、皆からの誕生日プレゼントで嬉しくて、ジョルノにまた会えたのが嬉しくて……今まで勉強を頑張ってきてよかったと思えて嬉しくて……何かもう、訳分かんないのぜ〜」
そう言って両手の甲で、絶え間なく溢れ出てくる涙を拭き取ろうとする瀬名さん。
その瀬名さんを見て、真緒さんは慰めるように後ろから抱きしめた。
「ありがとうひとみ、まさかそこまで喜んでくれるとは思っていなかったぞ」
「ええ、買った私達まで嬉しくなっちゃうわ」
「ひとみちゃん……本当によく頑張ったのね……」
そして飯田さんや長内さんも、釣られて少し泣きそうに目を潤わせながら、瀬名さんを囲んで頭を撫でてあげたりしていた。
いつも笑顔な瀬名さんの泣き顔を見るのは初めてだ……その涙には、今まで瀬名さんが新宿で暮らしている時に感じた苦しさも含まれている気がした。
「うん……!」
しかし、今は間違いなく嬉しさのパラメーターの方が上な筈……瀬名さんは俺達に、間違いなく先程の気遣いとは違う、正真正銘の満面の笑みを見せた。
「えへへっ……凄い嬉しいのぜ」
「もう落ち着いたの……?」
「うん! ごめんね急に泣き出して……」
「別に構わん、こちらとしても本当に喜んでくれたのだと安心が出来たしな」
「えっと……じゃあ早速乗ってみてもいいのぜ?」
「その前にあんたヘルメットは?」
「……あっ、ちょっと待ってて欲しいのぜ!」
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「……じゃーん!!」
「おお〜……」
その後、一度家に帰りたいとネット喫茶に戻ってきた我々。
暫く待っていると、中からヘルメットを掲げた瀬名さんが戻ってきた。
「ふむ、いつの間にかヘルメットを買っていたのだな」
「うん! バイクを買ってからすぐに乗れるようにね! この通り手袋も買っておいたのぜ!」
「全部同じ色で揃えたのね、可愛いじゃない」
「全部ドンキで売ってて良かったのぜ〜」
「でも……こんな人通りの多い所に……バイクを入れて大丈夫……?」
「おっとちーちー、バイクは手押しだと歩行者扱いになるから大丈夫なのぜ!」
「そうなの……?」
「本での知識を活かしていますね」
「えへへ……勉強しすぎて逆に忘れられないぐらいなのぜ!」
えっへんと両手を腰に当てて、先程の元気の無さが嘘だと思えるぐらいに、八重歯をはみ出させてにやりと自信満々な様子を見せる瀬名さん。
「……えへへっ、初めて乗るバイクがお前じゃなくてごめんなのぜな」
それから彼女はヘルメットを被り、手袋を装着して……ジョルノを手押しして靖国通りの方へ出ようとしていた。
「むっ、早速運転してみるのか?」
「うん! ガソリンは……入ってるよね?」
「入ってるわよ、メーターもちゃんとE線越えてるでしょ?」
「そうなのぜな……! じゃあ軽くひとっ走りしてみるのぜ!」
「気をつけてね……」
「それは良いのですが瀬名さん……いきなりこんな大通りを走って大丈夫なのでしょうか?」
瀬名さんの後に着いて行き、俺達もかの靖国通りへと出る。
千代田区を横切るその大通りでは、平日も休日も関係なく、色々な車がビュンビュンとあちらこちらへと走っている。
まずは浅瀬での遊泳を楽しむのではなく、瀬名さんはいきなり滝下りのような激流の波に乗ろうとしているのだ。
「大丈夫なのぜ!ちゃんと安全運転で走れば危なくないだろうし……それにこれからこういう道は何度も通るだろうし、習うより慣れろってやつなのぜ!」
「……一応言っとくけど、四十キロぐらいで走っても大丈夫だからね?」
「えっ、三十キロで走らなきゃいけないんじゃないのぜ!?」
「時には周りの速度に合わせて行くのも大事だという事だ……そんな速度で走っていたら、後ろの車に詰められて死ぬぞ」
「警察の人がこう言ってるんだし、そういう事よ」
「わ、分かったのぜ……!」
「本当に……気をつけてね……」
「トラックとか本当に注意してください」
長内さんが両手を祈るように組んで、瀬名さんを見送ろうとしている中……瀬名さんはキーを回してエンジンをかけ、ウインカーを出していざ発進をしようとしていた。
「……うう、全然空かないのぜな!?」
「焦らなくて大丈夫だから」
「そうだ、こちらの車線には車もおらん、ひとみの好きなタイミングで出て構わんからな」
「待つ事も……大事……」
「う、うん……」
そしてさくら通り前の信号が赤色に変わり、絶えず流れる激流が一瞬だけ静止する事が許される。
「……今がチャンスなのでは」
「ほら、青になる前に行ってらっしゃい!」
「うん! 行ってきますのぜ!」
そうして瀬名さんは飯田さんに背中を叩かれて、アクセルを捻り、いよいよ公道の大海原へと旅立って行った。
「おおっと……!」
若干ふらつきながらも、難無く原付のポジションである左車線の左隙間へと入り込む瀬名さん。
その瞬間に信号が青へと変わり、周りの激流が再び動き出す。
そして瀬名さんは少し焦っているようにも見えたが、真緒さんと飯田さんの言う通り、周りと合わせる為に徐々に速度を上げて行った……。
「……ちょっと危なかった気もするけど」
「うむ、上手く走れているな」
「凄い……ひとみちゃん……本当に、バイクで走っている……」
「それだけ瀬名さんがジョルノに乗る為に、今までお仕事や勉強を頑張ってきたという事でしょう」
それから瀬名さんは適当な交差点でUターンをしてくると、反対車線の自身を通り抜けしていく車の隙間から、こちらに向かって大きく手を振っていた。
公道に対しての不安も抱いていたであろうが……ジョルノに対しての好きという気持ちで、上手く克服出来たようだ。
「……楽しそうですね」
「……やっぱ遅いから、後ろが詰まっちゃってるけどね」
「まぁ最初はこんなものであろうな。 今はスピードを出す事よりも、死なない為の運転を覚える方が重要だ」
とにかく楽しそうで良かった……
皆そう安心しているような表情で、俺達が見えなくなる事に対して焦っている様子の瀬名さんを眺めて、本人は中野区の方へと流されて行ってしまった…….。
「その為には……ここよりも安全な道路で練習をした方がいいかも……」
「慣れるのも大事だけど、いきなり発展は流石に厳しいものがあるわ」
「そうだな……ではまず仁藤とひとみだけで、適当な田舎にでもツーリングに行ってみてはどうだ?」
「……俺達だけで、ですか?」
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