第五章『桜の吐息』

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数日後…… 今日は瀬名さんと約束したツーリング決行の日だ。 天気は晴れ……雲一つ無い青空が何処かに出かけるモチベーションを上げると同時に、原付で上手く都心を走りこなせるかどうかの不安も大きくなってくる。 「……そう、今日はひとみちゃんとバイクで二十三区から出てみるのね」 「はい」 花道通りの事務所にて停めているマグナからシートを剥がそうとしていると、事務所から出てきた斬江に声をかけられた。 「てかひとみちゃん、無事に免許を取れたみたいで良かったわぁ」 「はい……斬江さんには感謝してもし切れないと、瀬名さんも仰っていました」 「うふふっ、大和の大事なお友達ですもの……折角お仕事しながら勉強も頑張ったのに、住所が無いから試験が受けれないっていうのは、流石に可哀想よねぇ」 瀬名さんが免許を取って、靖国通りにてジョルノの初乗りを行ってから一週間が経過した……しかし斬江は、未だに瀬名さんに対して見返りを求める様子は無い。 やはり単純に一方的な贈り物として、善意だけで瀬名さんに住所を貸したのであったのだろうか……。 「でも免許を取れたからって浮かれて、ひとみちゃんもあなたも事故とか起こさないように気をつけるのよ」 「それは心得ています」 「場合によってはスピードを出さなきゃいけない場面もあると思うけど……出しすぎてる所を、警察に見つからないようにね」 「はい」 「それじゃあお土産、楽しみに待ってるわよぉ」 「行ってきます」 そうして斬江に手を振られて、俺はマグナを押しながら事務所を後にした。 斬江にとって、最も俺に取られたら困る行動……バイクで新宿には戻らず、そのまま何処かに失踪をしよう物ならタダでは済まないみたいな忠告はされなかった。 俺がバックれないと信じているのか、バックれても俺がどうなるのか俺自身が分かっている筈だから、敢えて忠告していないだけなのか…… 「ばいば〜いっ」 何を考えているか分からない、俺が見えなくなる最後まで笑い続けていた斬江の笑顔の奥には、決して敵に回してはいけないのだという不気味さを感じた。 「……」 俺も会釈を返しつつ、それから押したまま真緒さん宅の元へ向かう。 歩行者達の視線が俺へと集まる中……こんな人集りが多い場所で、いきなり発進する訳にもいかないのだ。 それに駐車場を持たないネット喫茶で暮らしている瀬名さんは、ジョルノを停める場所が無い……なので真緒さんのアパートの駐車場を借りて、そこで停めさせて貰っているという訳だ。 「おっ、やまちゃ〜ん」 「お前が一番最後だぞ、遅かったでは無いか仁藤」 「すみません、お待たせしました……」 俺を見つけて、こちらに大きく手を振っている瀬名さんを目印に……マグナを彼女のいる場所まで押していく。 そこでは既にジョルノが出されており、瀬名さんも準備万端と言わんばかりにヘルメットと手袋をつけており……真緒さんも外に出て、俺達の出発を見届けようとしていた。 「初めてのツーリング……うぅ、何だかドキドキしてきたのぜ……」 「俺も同じなので少し緊張していますが……怪我をしないように安全運転をしていきましょう」 「よ、よろしくお願いしますなのぜ……!」 「こちらこそお手柔らかにお願いします」 瀬名さんが両手を広げながらお辞儀をした事で、こちらも釣られてついお辞儀をし返してしまった。 そんな鏡合わせのような俺達を見て、真緒さんは腕を組みながらふっと笑う。 「お前達、今日はどこに行くつもりなのだ?」 「実はまだ決めてないのぜな〜」 「瀬名さんさえ宜しければ……自分は都内にある檜原村という場所に行ってみたいです」 「村……!? 東京の中って村があるのぜ!?」 「はい、東京の一番左側にある場所なのですが……」 「だとしたら東京を大胆に横切っていくルートになりそうだな、頑張れよ」 「片道五十キロぐらいあるらしいのですが……瀬名さんは大丈夫ですか?」 「大丈夫なのぜ! これさえあればどこにでも行ける気持ちしか無いのぜ!」 「無理そうなら途中で戻ってくればよかろう、間違っても有料道路には吸い込まれんようにな」 「気をつけます」 今日も都心中ではありとあらゆる車が走っている筈だ。 少なくともまず都心から車の大波を掻い潜って脱出をしなければ、俺も瀬名さんも安心してツーリングを楽しむ事が出来ない。 法定速度を守って三十キロで走ろうものなら、あっという間に後ろが詰まって渋滞の完成だ。 「てかまおまおは一緒に行かないのぜ?」 「私は凪奈子と千夜と約束をしているのでな、今回のツーリングはお前達だけで楽しんでくるといい」 「それに都心を移動するとなると、スピードを出さなければいけないのは中型も同じだから、お前達を置いていってしまう事になるだろうしな」 「皆さんでツーリングをする際には、飯田さんがバイクで神奈川から、ここまで来た時のお話になりそうですね」 「分かったのぜ〜」 「さぁ、日が暮れてしまう前に早く行ってくるがいい」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ……その後、出発の時。 「……じゃあ、道案内はよろしくなのぜ!」 「はい、ここら辺りの大通りは周りと速度を合わせる為に飛ばしてしまいますが、落ち着いてきたら四十キロを維持していくので安心してください」 「えへへっ、頑張って着いて行くのぜ……」 それから発進する寸前……エンジンをかけた後、俺達は最後の打ち合わせだけして、俺が前を走る事で瀬名さんを都心の外まで導くという走り方となった。 「では行ってきます」 「行ってくるのぜ!」 「うむ、生きて帰ってくるのだぞ」 そうして真緒さんに手を振られながら、靖国通りへと出る交差点へと走らせていく。 「……っと!」 瀬名さんは俺の後をまだ徐行の段階ではあるがしっかりと着いてきて、停止線直前で俺の隣に停車した。 「道路を走るのは、もう慣れた感じですか?」 「うん! 今はバイクもやまちゃんしかいないから安心だけど……あそこに出たらやばそうなのぜな……」 「早く走れなくても、最悪左を走っていれば車は追い抜いてくれる筈です……とりあえず安全第一で行きましょう」 「う、うん!」 今日も龍のように長蛇の列で素早く流れている新宿の道路……それを見て怯んでいる瀬名さんを落ち着かせて、俺達が乱入出来る隙を伺う。 「……あの車が通り過ぎてから行きましょう」 「了解なのぜ!」 車が通り過ぎるまでの時間イコール、俺達が靖国通りへと出るタイムリミットが少なくなっていく…… 車が俺達を横切るまで三……二……一…… その様子を見ている、瀬名さんがアクセルを握っている力も強くなる。 「今なのぜ!」 「はい!」 ……零。 その車を追い掛けるように、俺達も靖国通りへと出る。 慌てて飛び出した割には、ブレが無く一切の無駄も無く大通りに出る事に成功した。 ……そのまま、後ろの車から逃げるように中野区方面へと下っていく。 とは言っても、先程俺達の前を横切った車は龍の尾であり、その後ろには全く車が通っていなかった。 「……!」 ここで出来るだけ距離を稼いでおこう……そう思ってスピードを出していても、我々が出せる最高速度は精々四十キロ程度……最早高速道路のような場所であるこの道では、あっという間に車に追いつかれてしまう。 バックミラーから見える、必死に追い付こうと目を見開いて俺に迫ってきている瀬名さん……彼女もバックミラーから詰まっている車に気が付くと、慌てて左に避けて道を譲っていた。 「いやー……さっきのは申し訳無かったのぜ〜」 赤信号で停車中……瀬名さんは頬を指で掻きながら、その事を恥ずかしそうに笑いながら失敗談として話し掛けてきた。 「こういう所だと前を走る事だけに集中してしまいますよね……仕方が無いと思います」 「でも早く走るのも、ジェットコースターみたいで気持ちがいいのぜ!」 「……でもやっぱり、こういう物はスピードを出すようなバイクじゃないと思うから、無理して走って貰ってるようで何か可哀想なのぜな」 バイクのボディ部分を撫でて、息が上がっているジョルノを落ち着かせているような扱いをする瀬名さん…… その真似をして俺もタンクを撫で、これからも元気よく走ってくれという応援の念を込める。 「警察の目もありますしね……早く都心から出たい所です」 「もうここは新宿じゃないのぜな?」 「ここは中野区ですね、その次は杉並区……そこを通れば次は武蔵野市で、そこでもう都心の外に出る事が出来ますよ」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 武蔵野市……小金井市……国分寺市…… 東京は県自体が小さければ一つ一つの市も小さい……周りの車の速さに流される事で、僅か数分で次の市へと跨いでしまう。 そして八王子市……かつての新宿に比べれば、漸く車の流れが少なくなってきた。 「えへへっ……!」 後方車両が来た時には、左に避けて車を譲る事を覚えた瀬名さん……それ以外は真ん中を走り、時々並走をする時には、俺に楽しそうな満面の笑みを見せてきた。 「瀬名さん、気持ちよさそうですね!」 「うん! 風を感じるのぜ!」 「瀬名さん! 車が来てます!」 「あっ、ごめんなさいのぜ!」 会話がエンジン音で遮られて、あまり長く会話は出来ないが、瀬名さんは表情で楽しんでいるという事を証明してくれた。 赤信号で止まり……一時的に落ち着いた所で、再び公道を走ってる時の感想を語り合う。 「ジェットコースターみたいに飛ばして走るのもいいけど、あたいこうしてのんびり走ってる方が楽しいのぜ!」 「スピードを出すと何より危ないですし、周りとの安全も更に配慮をしなければいけないので疲れますしね」 「景色を楽しみながら走るのも好きなのぜ〜」 「そろそろ山が見えて来る筈です」 それから建物を抜けていく内に、それらの景色は徐々に木や山といった自然なものに変わっていく…… 「おお〜!」 そうして遂に建物は消えて、今ここにある人工物は道路やガードレール、街灯だけとなってしまった…… 木々の葉っぱから流れる木漏れ日の道、排気ガスやビルの臭いなど紛れていない自然の風に吹かれて……俺達の都会に汚れた心を浄化していく。 この場所が東京都檜原村……都会のイメージしかない東京にある唯一の村である。 ……暫くすると山道を抜けて、民家などが立ち並ぶ集落へと出てきた。 ひとまず休憩がてらトイレや自販機のある、休憩が出来るような駐車場へと避難する。 「んぅ〜! やっと着いたのぜなーっ!」 「お疲れ様でした」 瀬名さんはヘルメットを外した直後に伸びをしたりして、改めて村の自然を深呼吸する事によって感じていた。 「流石に自転車とかとは違うのぜ! 乗ってて全然疲れないのぜ!……ちょっとおしりが痛いけど」 「座りっぱなしだとおしりが痛くなっちゃいますよね」 「あと肩も痛いのぜ……?」 「アクセルを握る時に力を入れすぎているのかもしれません……それか初めてのツーリングで緊張をしてしまっているのかもです」 「えへへっ……それは確かにあるかもなのぜ……」 「ここでは温泉に入ったり、美味しいご飯を食べられるそうなので……痛みが取れるぐらいにのんびり出来そうですね」 「その前にあたい、ここら辺を探検してみたいのぜ!」 「良いですね……この檜原村では、払沢の滝という物が見れるそうです」 「じゃあそれを見に行くのぜ!」 スマホで一々検索をしなくても、村の様々な場所に色々な方向を差している看板が立てられているので、スマホに頼らなくても村が推している観光地へと向かう事が出来る。 ここは村にいる間はスマホに一切触らず、現代技術を忘れてしまうぐらいに自然の癒しに浸るとしよう。 「お手洗などは大丈夫ですか?」 「うん! それよりも早く滝を見に行きたいのぜな!」 駐車場から去り際……マグナとジョルノはハンドルが向き合いながら停車しており、彼らは彼等で二人だけの時間を楽しんでるように見えた。 そしてその時間を楽しもうとしているのは俺達も同じ……誰もいないような獣道を歩いたりする時は正真正銘の二人きり、そこでどんなイベントが起きるのか、男らしくつい妄想が膨らんでしまう。 今日の俺達の休日は、珍しく平日……本来の土日であれば賑わうのであろうが俺達以外の歩行者はおらず、実質俺達だけの貸切での観光になりそうであった。 「あたいら以外、本当に人がいないのぜな……」 「流石東京でも村だという事でしょうか……ここに住んでいる方達も、今はお仕事で街の方に出ているのかもしれません」 「もしかしたらお店、今日はやってないとかありそうなのぜ?」 「それは行ってみてからでないと分かりませんが……とりあえず今は滝を楽しみましょう!」 「うん!」 やがて滝に向かうに連れて、道のコンクリートが土の道へと変わり、道幅も徐々に狭くなってくる。 ……それにより、瀬名さんとの歩く距離も徐々に狭まってくる。 「えへへ……何だかドキドキしてきたのぜ……」 瀬名さんはこれから見る景色に期待してドキドキしているのか、狭い道で俺と二人きりになるのが緊張してドキドキしているのか……後者の方は俺の勝手な妄想なので、まず有り得ないのだが。 瀬名さんがこちらを向きながら話しかけてきた言葉と表情の中には、八重歯を見せながら笑う無邪気さとは別に……男を一発でその気にさせてしまうような、細目で優しく笑う艶めかしさ も含まれているような気がした。 「……俺も同じです」 「……えっと、その、やまちゃん?」 「何でしょう?」 ……先程から瀬名さんの左手が、俺の右手とぶつかり始めている。 「あの良かったら……手を繋いでもいいのぜ?」 ただ狭いから仕方なくぶつかっているのかと思いきや、瀬名さんは俺と手を繋ぎたいとアピールするかのように、意識して触れていたようであった。 「……分かりました」 「……あっ」 別に瀬名さんからの誘いを断る理由は無い。 俺は自信の手に触れられていた瀬名さんの指を掴むと、そのまま手のひらまで指を伸ばして瀬名さんの手を握った。 「ありがとなのぜ! やまちゃんのおてて、大きいのぜ……」 「瀬名さんの手は小さいです……」 「べっ、別にやましい気持ちは無いのぜよ?……ほら! 手を繋ぎながら歩かないと、道から外れて落ちそうになっちゃった時とか危ないのぜ!」 「そうですね……なら俺が外側を歩きますよ」 「ありがとなのぜな……えへへっ」 そうして手を持ち替えて、俺が瀬名さんの外側を歩く事で、彼女が崖から転げ落ちてしまう確率を低くする。 「……この場所、凄い落ち着くのぜ」 「そうですね……こんなに自然に囲まれた場所に来るのは、夏に伊豆に行った時以来です」 「あの時は暑かったし蚊も飛んでたからあれだったけど……今は涼しくて丁度いいのぜ!」 「そうですね、お陰様で急がずにゆっくりと進む事が出来ます」 「そうなのぜ! 急いでも危ないだろうしゆっくり進むのぜ!」 瀬名さんと歩幅を揃えながらわざと遅く歩き、その分滝から流れる川や、風に揺れる木の葉一枚一枚を見ながら目で自然を楽しんでいく。 そしてそれらの音を耳で、それらが運ばれてくる風の匂いを鼻で……俺も瀬名さんも、色んな所を見回して三感で自然を満喫していった。 「えへへっ……何だか眠たくなってきちゃったのぜ」 「そうですね、これだけ環境が整っていると外でも寝れそうです……少し休みますか?」 「大丈夫なのぜ! 滝を見るまでは我慢するのぜな!」 「分かりました。ではその滝で一旦休憩する事にしましょう」 「うん!」 ……やがて水が勢いよく落ちる滝の音が聞こえてくるようになってくる。 それを聞いて早く滝を見たい気持ちが強くなったのか、眠たいと言っていたにも関わらず瀬名さんの歩くペースが少し早まった。 犬のペースに追いつけず引っ張られている飼い主のようにならない為に、俺も瀬名さんのペースに合わせて早く歩く。 そうして勾配が急な坂が続き、ギアを下げた状態でゆっくり乗り越えていくと…… 「おお〜!」 「遂に現れましたね」 払沢の滝。 滝といっても勢いよく落ちていると言うよりは、岩に沿って控えめに流れていると言った方が正しいか。 その様は飽きずに永遠と見続ける事が出来て、滝の流れる音に合わせて鳥の鳴き声や風に揺れる木の音を聞いていると、俺まで瞼が重くなってくるのを感じた。 滝のそばには、ご丁寧にベンチまで置いてあった。 「凄いのぜ! あたい滝は初めて見たのぜな〜!」 「そうなのですか?」 「うん! 新宿には滝は無いしね」 「はい……こういった木々はあっても、滝までは新宿には無いです」 「出来ればここにずっといたいのぜな〜」 瀬名さんは崖ギリギリまで立って滝を眺めた後に、俺が座っているベンチの隣に腰掛けてきた。 「えへへっ、ここあったかいのぜな……」 「そうですね……絶好の休憩場所です」 「新宿の賑やかな雰囲気も好きだけど……あたいこういう誰もいない静かな場所も好きかもしれないのぜ」 「……都会か田舎、最終的に住むならどちらがよろしいですか?」 「えっ? うーん……田舎がいいけど誰もいないのは寂しいし、あたいは都会の方がいいかな」 「なるほど……確かにここで一人で暮らしていくのは、心細いものがあるかもしれません」 「あたい寂しがり屋だから……やまちゃんは都会と田舎どっちがいいのぜ?」 「俺も都会でしょうか……ここからだと何か買い出しを行くのにも苦労しそうです」 「欲しい物がすぐに手に入るから、都会は便利なのぜな!……でもそうして都会に住み続けているからこそ、偶にこうやって田舎に来て自然に癒されるのが気持ち良かったりするのぜ……」 「……その通りですね」 「逆に普段から田舎に住んでたら、東京に行った時は人が多くて色んな物があるから楽しいってなるハズなのぜ!」 ずっとそこに住み続けるのではなく、その反対の色に染まって飽きた頃合に、偶に来るから楽しいと思える。 瀬名さんはそれを実感しているのか、満足かつどこか儚げな表情で、木々の隙間から見える青空を眺めていた。 「瀬名さん……新宿は楽しいですか?」 「勿論楽しいのぜ!色んな物があって面白いし、色んなお仕事が出来てお金を稼ぎやすいし……何より皆がいるからね」 「皆さんがご一緒なら、田舎でも楽しく暮らしていけそうですね」 「えへへっ、でも歌舞伎町には皆と作った思い出が沢山あるから……あたい歌舞伎町も好きなのぜ!」 「なるほど」 「……あたいが元々住んでた所とは大違いなのぜ」 「……?」 ふと瀬名さんが呟いた言葉により、今まで明かされる事の無かった瀬名さんの過去の片鱗がちらっと顔を出した。 瀬名さんが故郷に住んでいた頃の環境は、俺のように過酷なものだったのだろうか。 滝の流れ続ける音が、俺に瀬名さんの過去に何があったかを考える事に、集中をさせられる…… 「あっ……」 瀬名さんはつい口を滑らせてしまったかのようにはっとすると、恥ずかしそうな顔をしながら俺から目を逸らした。 何と会話を続けたらよいか、変な空気が俺達の間で流れ始める…… 「……大丈夫ですよ瀬名さん、無理にお話を続けさせなくても」 「ううん……そういえばあたいの事、実は皆の前で一度も話した事が無いのぜ」 「……そうでしたね」 てっきり俺よりは話しやすいであろう、同性である真緒さん達には話をしていたのかと思いきやそうでは無かった。 「いつかはお話しようと思ってたのぜ……でも、あたい新宿に来る前には何してたか、皆聞いてこないから……」 「あたいって、普通の人の暮らし方と違うから……皆絶対、何でこうなっちゃったのかみたいな疑問を、一度は思った事があるハズなのぜ……」 「……」 「でも中々聞いてこないから……きっと皆、あたいの事を気遣ってくれてるんだと思うのぜ……でも気遣われるよりは、さっさと話しちゃった方があたい的には楽なのぜ!」 「……いつまでも、待ってるだけじゃダメだよね」 「……瀬名さん」 「皆の前でお話するのは緊張するから……今日はやまちゃんだけにお話するのぜ」 「……」 「いきなりでごめんだけど、やまちゃんさえ良ければ……お話してもいいのぜ?」 「……分かりました、お願いします」 「……ありがとう」
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