婆さんの糠床

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婆さんの糠床

 マスク姿の俺は、スーパーでいろんな食材とビールを買い込んでから、一人暮らしのアパートに戻った。  今夜は麻婆ナス。セロリも買ったからスティックサラダにする。味噌マヨは金山寺味噌で作った。  残りのセロリは、実家から分けてもらった糠床(ぬかどこ)に漬けた。  俺たちと同居する時に、婆さんが持ち込んだ糠床だ。  それに母さんが()(ぬか)しながら、今もずっと糠床を守り続けている。  糠味噌の塩梅を見ながら、炒り(ぬか)とか粗塩とか出し昆布とか糠味噌辛子とか重曹を補充して。  それらもさっき、スーパーで買っといた。 「ナス漬けるんなら明礬(みょうばん)も買っとくんだよ」  って母さんに言われたから、明礬も一緒に。  これをナスになすり付けてから漬け込むってえ寸法よ。これは、ナスの色落ちを防ぐ先人の知恵だ。  色落ちした茶色いナスよりも、色鮮やかな紫紺色(しこんいろ)のナスのほうが食欲をそそられンだろ?  料理ってのは、彩りも大事な要素だかんな。 「食えりゃ良い」ってわけじゃない。見栄えも大事なんだ。  家だって「住めりゃ良い」ってわけじゃないのと(おんな)しだ。そこは大工としては譲れねえわけよ。
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