空気読めない婆さん

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「じゃあ俺、出かけっから」 「そうかい。車にゃ気を付けなよ」  婆さんはいつもこんな調子で、空気ってもんがまったく読めない。  ちなみに俺のアロハは黒地で、水墨画みたいな筆致で描かれた白い巻雲(けんうん)のような柄が、全体的に入っている。  かすれ気味でありながらも力強いその白い波線は、なめらかにクネ、クネ、クネ、クネ、と来て最後にシュウッと払ったような描き方だ。  線が細くなったり太くなったりしているのは、一定のリズムで筆圧に強弱を付けながら運筆したからだろう。  こうして筆圧を変えつつ同時に曲線を描いて、一つの意匠を一筆書きで描き上げられるようになるまでには、かなりの修練を要した事くらい素人の俺にだってわかる。  店先でこのアロハの柄に目を奪われた俺は、この名もなき匠の技に舌を巻き、その場で取り置きを頼んでからすっ飛んで(けえ)って母さんに頼み込み、お(さつ)握りしめて取って(けえ)してアロハをゲットしたって次第よ。
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